
「南澤さん、部下に仕事を指示しても、なかなか動いてくれないんですよ」―――これは、ある企業の管理職の方から聞いた言葉です。
指示は出しているはずなのに、なぜか手が止まる。進捗も見えない。結果としてやり直しになることも多い。
それでも、「指示は出している」という認識は変わらない。ここに、最初のズレがあります。
頼んだものが望んだ通りにならず、やり直しを求める上司。責任を部下に押し付けてしまう場面も、決して珍しくありません。
しかし、本当にそうでしょうか。指示する側に、大きな問題はなかったのか。そう考えてみる必要があります。
ところが、話を紐解いていくと、「いつまでにやるのか」が明確になっていない。品質の基準も共有されていない。
つまり、仕事の前提となるQCDが曖昧なまま指示が出されているケースが多いのです。このようなことは、どこの組織、チームでも日常的に発生しています。
南澤はここに、単なる伝達ミスではなく、本質的な問題があると感じています。それは、「つもり」と「受け取り」のズレです。
そして、このズレは指示の場面だけでなく、日常のあらゆる場面で繰り返されています。人が辞めていく会社では、共通して見られる“5つの行動”があります。
まず一つ目は、コミュニケーションです。
仕事の指示だけでなく、日常のあいさつや声がけといった基本的なやり取りが曖昧な職場は少なくありません。社内でのやり取りが雑になれば、そのまま外にも出ていきます。
日常のあいさつが適当な職場では、お客様や取引先への対応も自然と粗くなります。社内の「当たり前」は、そのまま外に出ていきます。
その積み重ねが顧客満足度の低下を招き、結果として売上の機会損失につながっていきます。
二つ目は、評価です。
ある上司は甘く評価する。ある上司は厳しく評価する。場合によっては、好き嫌いで評価されていると感じる。
こうした声は、決して珍しくありません。しかし、その背景には共通点があります。
評価基準が曖昧であること。評価者同士の目線が揃っていないこと。評価が個人任せになっていることです。
部下からすれば、何をすれば評価されるのか分からない。何を続ければ昇格できるのか分からない。
給与がどのように上がっていくのかも見えない。つまり、「成長の道筋」が見えない状態です。
この状態は、想像以上に大きな不安を生みます。どれだけ努力しても、その先が見えない。
「ここで頑張り続けて意味があるのか」と感じてしまうのも無理はありません。その結果、人は離れていきます。
一方で経営側は、「きちんと評価しているつもり」になっている。しかし、基準や仕組みが設計されていなければ、それは評価とは言えません。
「評価しているつもり」と「評価されている実感」のズレです。そして、このズレに気づいていない経営者は少なくありません。
三つ目は、忙しさです。
効率化のために人を減らす。システムを導入する。コスト削減を進める。
例えば、経費削減の一環として、業界新聞や専門誌の購読をやめる。一見すると合理的な判断に見えます。
しかしその結果、現場では新しい情報に触れる機会が減り、学ぶ習慣そのものが弱くなっていきます。コストは削減しているつもりでも、成長の機会という見えないコストを失っている。
これは、コスト削減のつもりが競争力を削ってしまう典型例です。
しかし、その影響はすぐには表面化しません。だからこそ、気づいたときには手遅れになっていることが多いのです。
さらに、システム導入によって作業が増え、かえって現場の負担が増えるケースも少なくありません。
経営側は効率化しているつもりでも、現場は余裕を奪われていると感じている。
このズレが、思考停止と形骸化を生みます。
ここにもう一つ見落としがちな行動があります。
日々の業務に追われる中で、緊急性の高い仕事ばかりが優先され、重要ではあるものの緊急ではない仕事が後回しになっていくことです。
本来であれば、環境整備や人材育成、仕組みづくりといった「重要だが緊急ではない仕事」こそ、将来に向けて取り組むべきものです。
しかし、それらが後回しになることで、働きにくい環境が放置され、問題が構造的に解決されない状態が続いていきます。
結果として、さらに忙しさが増していく。
こうして、忙しさは解消されるどころか、むしろ強化されていきます。
四つ目は、「任せる」です。
任せることは、本来、育てるための手段です。しかし、何を任せて、何を任せないのかが曖昧で、意図も共有されていなければ、それは育成ではありません。
任せているつもりでも、設計されていなければ、それは育成ではなく負担の転嫁です。
たとえ、上司は任せているつもりでも、部下は押し付けられたと感じる。
ここにも、「つもり」と「受け取り」のズレがあります。
その結果、モチベーションは下がり、成長機会も失われていきます。
任せるスキルや能力の欠如が、このような結果を生み出しているのです。
一方で、プレイヤーとして優秀な管理職ほど多いのですが、任せられずに自分で抱え込み、結果として自分だけが忙しくなっていきます。
一生懸命にチームのために働いているにもかかわらず、部下は関与機会を失い、成長しない。
そして、モチベーションも上がらない。
つまり、管理職は「良かれと思ってやっている」行動が、結果として部下のやる気をそいでしまっているのです。
このような組織やチームは、決して少なくありません。
そして、この状態が続けば、組織全体の停滞を招いていきます。
そして五つ目は、育成です。
最近は、ハラスメントを恐れて強く言えない、叱れない、踏み込めないという管理職が増えています。もちろん、その配慮は必要です。
しかし、その結果どうなっているか。
上司は配慮しているつもりでも、部下は「何も言ってもらえない」と感じる。何が良くて何が悪いのか分からない。
どこを直せばよいのかも分からない。やがて、「自分に期待されていないのではないか」と感じるようになります。
本来、承認とは「ほめること」と「叱ること」の両輪です。どちらか一方では成立しません。
それにもかかわらず、「叱らない」ことだけが強調された結果、何も伝えられない状態が生まれています。
一見すると働きやすい環境のように見えますが、何も言われない、何も求められない状態は「ゆるブラック」に陥っている可能性があります。
最も問題なのは、「傷つけないようにすること」を優先した結果、「育てる機会そのもの」が失われていることです。
何を求められているのか分からない。評価基準も分からない。成長している実感もない。
その状態が続けば、人は辞めていきます。
ここまで見てきた5つの行動は、それぞれ別の問題に見えるかもしれません。しかし実際には、すべて同じ構造の中で起きています。
それは、「つもり」と「受け取り」のズレを放置する構造です。
つまり、これは現場の問題ではなく、経営の問題です。
そして、その根底にあるのは、育成が仕組みではなく、個人の力量に依存している状態です。
「育成が個人任せになっている構造」と言い換えてもよいでしょう。
短期的には問題が表面化しないこともあります。しかし、ズレは少しずつ積み上がっていきます。
気づいたときには、人が辞めていく状態になっている。
しかも、このような環境では、優秀な人ほど先に離れていきます。成長意欲の高い人ほど、曖昧な環境には耐えられないからです。
さて、貴社ではどうでしょうか。
この日常的に起きているズレを、「個人の問題」として処理し続けていないでしょうか。それとも、「構造の問題」として捉え直し、設計し直せる状態になっているでしょうか。
著:南澤博史
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