
「南澤さん、最近どうして若い社員がこんなに辞めてしまうのでしょうか…」―――これは、とある自動車整備工場の経営者が漏らした一言でした。
その会社では、採用活動にはかなり力を入れていました。求人広告も出し、面接にも時間をかけ、ようやく人が入ってくる。しかし安心したのも束の間で、数か月後には辞めてしまう。そんなことが何度も続いていました。
経営者は決して人を大切にしていないわけではありません。むしろ逆でした。何とかして育てたい、何とかして残ってもらいたい。その思いは強く持っていました。
ところが現場を見ていくと、ある共通した流れが見えてきます。
忙しい。だから教えられない。教えられないから育たない。育たないから成果が出ない。成果が出ないから本人も自信を失う。そして、職場での居場所を感じられなくなり、やがて辞めてしまう。
この話は決して特別な会社の話ではありません。業種や業界を問わず、多くの職場で似たようなことが起きています。
ここで考えたいのは、「若い世代に問題があるのか」「本人の忍耐力の問題なのか」ということです。もちろん個人差はあります。しかし、それだけで説明できる問題ではありません。
南澤がこれまで現場で見てきた限り、人が辞める会社にはかなり共通する“構造”があります。
つまり、問題は人ではなく構造なのです。
多くの会社では、人が辞めるとまず採用を強化しようとします。これは一見正しいように見えます。実際に人数が足りないのですから、増やそうとするのは自然な発想です。
しかし、ここで一度考えてみたい視点があります。
それは「コスト」の問題です。
育成には確かに手間も時間もかかります。教える側の負担も決して小さくありません。しかし、基本的にはキャッシュそのものが外に流出するわけではありません。
一方で採用はどうでしょうか。
求人広告、採用媒体、紹介会社への手数料など、多くの場合キャッシュの流出を伴います。つまり採用は「お金が外に出ていく活動」であり、育成は「社内の時間を投資する活動」と言えるでしょう。
そう考えると、本来どちらを優先すべきかはある意味明白です。
ところが実際の現場では、この順番が逆になっている会社が少なくありません。
辞める構造がそのまま残っているにもかかわらず、採用だけを強化してしまう。これは、水漏れしているバケツに一生懸命水を注いでいるようなものです。穴をふさがなければ、いくら水を入れても結果は変わりません。
では、その“穴”、つまり「人が辞める構造」とは何でしょうか。
南澤は大きく三つあると考えています。
一つ目は、育成が個人任せになっていることです。
「とりあえず先輩について覚えてください」「見て学んでください」という職場は今でも少なくありません。しかし、それだけでは人は育ちません。教える内容、順番、基準が整理されていなければ、教える人によって差が生まれます。教わる側から見れば、育成が運任せになってしまうのです。
二つ目は、忙しさが慢性化していることです。
教育には時間と心の余白が必要です。しかし人手不足の会社ほど現場は常に忙しい。その結果、「今はそれどころではない」が続き、新人は放置に近い状態になってしまうのです。
例えば、忙しいからといって整理整頓や掃除をする時間を削ってしまう職場があります。一見すると効率的に見えるかもしれません。しかし実際には、物が散乱し、必要なものがすぐに見つからないなど、かえって非効率な環境を生み出してしまいます。
つまり、「忙しいからやらない」という判断が、結果的にさらに忙しい状態をつくってしまうのです。
人手不足を解消するためには、仕事の優先順位を見直すことが欠かせません。本当の意味での効率化とは何か。その視点を持つことも、組織の構造を見直す上で重要なのではないでしょうか。
南澤が現場でよく感じるのは、「忙しいからできない」という言葉の裏側に、本当に優先すべきことが後回しになっているケースが少なくないということです。
しかし、何を優先するかを決めること自体が、実は経営の役割でもあります。
忙しさを理由に大切なことが後回しになっているとすれば、それは現場の問題ではなく、組織の構造の問題と言えるのかもしれません。
三つ目は、評価と日々の行動がつながっていないことです。
何を頑張れば評価されるのか。どの方向に成長すればよいのか。それが見えない職場では人は不安になります。上司によって言うことが違う、求められることが違う。この状態では安心して働くことができません。
この三つが重なると、離職を生む構造ができあがります。
さらに、もう一つ見落としてはならない視点があります。
それは、管理職や先輩の存在です。
メンバーにとって「この人から学びたい」と思える上司や先輩がいるかどうかは、実は非常に大きな意味を持ちます。
人は必ずしも会社そのものに残るわけではありません。「この人と一緒に働きたい」「この人から学びたい」という思いが、仕事を続ける理由になることが多いのです。
逆に言えば、学ぶ相手がいない職場では、残る理由を見つけることが難しくなります。
「ここにいても成長できないのではないか」
そう感じた時、人の心は少しずつ会社から離れていきます。
南澤がこれまで見てきた定着率の高い会社には、例外なく前向きで向上心の高い先輩や上司がいました。仕事に真剣に向き合い、常に学び続けている。その姿勢が自然と周囲に影響を与え、後輩も成長していくのです。
つまり、人が定着する会社には仕組みだけでなく、「学び合う文化」があります。
そして、その文化をつくる中心にいるのが管理職や先輩なのです。
古典にも似たような教えがあります。
『論語』に「其の身正しければ、令せずして行はる」という言葉があります。これは、上に立つ者のあり方が正しければ、命令しなくても人は自然と動くという意味です。
逆に言えば、どれだけ制度や仕組みを整えても、組織の中心にいる人の姿勢が伴っていなければ、人はなかなかついてきません。
南澤がこれまで見てきた定着率の高い会社には、必ずと言ってよいほど、人として尊敬される先輩や上司がいました。
その人の働く姿を見て、「自分もこの人のようになりたい」「この人からもっと学びたい」と思える存在がいるのです。
人が残る会社とは、制度だけで人を引き止めている会社ではありません。人として尊敬できる存在がいる会社なのではないでしょうか。
ここで、もう一つ考えてみたいことがあります。
採用ばかりを頑張っている会社と、育成に力を入れ人を大切にしている会社。どちらの方が人の定着率が高いでしょうか。
これは多くの方が直感的に分かる話だと思います。
人を大切にし、育成に力を入れている会社の方が結果として人は残ります。そして興味深いことに、そのような会社では採用活動を強化しなくても、人が集まってくることがあります。
社員からの紹介、取引先からの紹介、「この会社で働きたい」という口コミ。いわば、人が自然と集まる状態が生まれるのです。
つまり、人が集まる会社とは「採用が上手い会社」ではなく、「人が辞めにくい会社」であることが多いのです。
逆に言えば、採用ばかり強化している会社は、知らず知らずのうちに「辞める構造」を放置している可能性があります。
南澤自身、店長時代にこの違いを痛感しました。昔は、できる人に頼りながら何とか現場を回そうとしていました。しかし、それでは限界がありました。一人の熱意や根性だけでは続かないのです。
結局、人が残るかどうかを決めるのは、「誰が教えるか」よりも「どう育つ仕組みになっているか」でした。
人手不足の時代だからこそ、採用だけを見る時代は終わったと南澤は考えています。
これから本当に問われるのは、入ってきた人が育ち、安心して働き、戦力になっていくまでの流れを会社としてどう設計するかです。
個人の能力や根性に頼るのではなく、組織として再現できる仕組みをつくること。そして、学び合う文化を育てること。それが人手不足を根本から解決する道ではないでしょうか。
さて、貴社ではどうでしょうか。
人が辞める原因を個人の問題として片づけていないでしょうか。
採用の数だけを増やし、構造そのものは見直せているでしょうか。
人が育ち、自然と人が集まる仕組みは整っていますか。
著:南澤博史
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