
「南澤さん、今回の投資は見送る方向で考えています…」ーーーこれは、主に車用の部品を製造する企業の経営者の一言でした。
この企業では、ある機械設備の導入を検討していました。売上規模は10億円未満ですが、機械設備の費用は1億円を超えます。数字だけを見ると、なかなか思い切った投資です。
しかし売上規模を考えると、やはり身の丈を大きく超えた投資だという判断でした。
もちろん、こうした積極投資が必要になる場面もあります。ただ、現場を見ていると、身の丈を大きく超える投資というのは多くの場合、リスクが高いものです。
同じ機械設備を導入するにしても、売上高が100億円の企業であれば意味はまったく異なってきます。つまり、同じ「1億円」という数字でも、企業の規模や体力によって、その重さは大きく変わるのです。
実は、この構造はいろいろな場面で見ることができます。
たとえば、近年話題になったWBCの放映料です。具体的な数字はともかく、テレビ局にとってはかなり大きな投資だと言われています。
一方で、ネットフリックスのような巨大なプラットフォーム企業から見れば、売上規模を考えるとマーケティング費用の一部という位置づけになる場合もあります。
同じ金額でも、広告収入を主な収益源とするテレビ局と、サブスクリプション型のビジネスモデルを持つ企業では、その意味合いは大きく違ってくるのです。
こうして見ていくと、同じ投資でも会社によって意味がまったく違うことが分かります。
経営の現場では、どうしても数字の「大きさ」に目がいきがちです。しかし、本当に重要なのは絶対額ではありません。
たとえば広告費でも同じことが言えます。
売上1億円の会社が1,000万円の広告を出すとすれば、それは売上の10%です。これはかなり大きな勝負と言えるでしょう。
しかし売上100億円の企業にとって1,000万円は、広告予算の一部に過ぎないかもしれません。場合によっては、試験的な施策という位置づけになることもあります。
同じ金額でも、企業によっては「会社の未来を左右する投資」であり、別の企業にとっては「数ある施策の一つ」に過ぎないこともあるのです。
ここで大切になるのが、「割合」という視点です。
売上に対してどれくらいなのか。
利益に対してどれくらいなのか。
あるいはキャッシュフローの何年分にあたるのか。
こうして見ていくと、その数字の本当の重さが見えてきます。
言い換えるなら、経営とは数字の大きさを見る仕事ではありません。
その数字が自社にとってどれほどの「重さ」を持つのかを見極める仕事です。
実はこれは、企業経営だけの話ではありません。
少し個人的な話になりますが、南澤もかつては1万円を超えるような本にはなかなか手が出ませんでした。「本に1万円は高い」と感じていたのです。
しかし、ある時期から1万円を超えていても得られるリターンが大きいと感じれば、迷わず購入するようになりました。
結局のところ、大切なのは金額の大きさではなく、その価値です。
企業の投資判断も、実はこれとよく似ています。
ただ、ここには一つ厄介な問題があります。
人はどうしても、数字の大きさに引きずられてしまうものです。たとえば「1億円」と聞くと、多くの人はまず「大きい」と感じるでしょう。
しかし、売上100億円の企業と、売上10億円の企業では、その意味はまったく異なります。
数字だけを見ると同じに見えても、その背景にある企業の体力やビジネスモデルを考えなければ、本当の意味は見えてきません。
さらに重要なのは、投資の金額だけではなく、その回収の構造です。
製造業であれば設備投資が生産性を高め、利益につながることがあります。一方で、サービス業では人材への投資の方が成果につながる場合も少なくありません。
IT企業やプラットフォーム型の企業では、初期投資は大きくても、利用者が増えることで収益が拡大していく構造があります。
つまり、同じ投資でも、どのようなビジネスモデルの上に成り立っているかによって意味が変わるのです。
この「自社の体力を知る」という考え方は、古典にも通じるものがあります。
『孫子』には、次のような言葉があります。
「彼を知り己を知れば百戦殆うからず」
戦いに勝つためには、相手だけでなく、自分の力を正しく理解することが重要だという意味です。これは企業経営にもそのまま当てはまります。
自社の規模や体力、資金力を正しく理解しないまま大きな投資を行えば、それは無謀な戦いになりかねません。
経営とは、限られた資源をどこに配分するかを決める仕事です。
人材、時間、資金といった経営資源は無限ではありません。だからこそ、どこにどれだけの資源を投じるのかという判断が、企業の成長を大きく左右します。
数字を見るとき、多くの人はどうしても「大きい」「小さい」という感覚で判断してしまいがちです。しかし、本当に重要なのは、その数字が自社にとってどれほどの重みを持つのかという視点ではないでしょうか。
同じ数字でも、その意味は企業によって大きく変わります。
さて、貴社では、日々の経営判断において数字の「大きさ」ではなく、「重さ」を見極める視点を持てているでしょうか。
そしてその数字は、本当に貴社の身の丈に合ったものと言えるでしょうか。
著:南澤博史
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