
「南澤さん、最近は若い人が打たれ弱いので、あまり厳しく指導できないんですよ…」ーーーこれは、ある企業の管理職の言葉です。
この言葉、一見すると“時代に合わせた正しい判断”のようにも見えます。ですが――本当にそうでしょうか。
この考え方をそのまま進めていくと、組織の基準は静かに下がり始めます。
そして気づいたときには、「育たない」「定着しない」「成果が出ない」そんな状態に陥ってしまうのです。
現場ではよく聞く話です。時代が変わった。価値観が変わった。だから、やり方も変えなければならない。そう考えること自体は、決して間違いではありません。
ただ、本来変えてはいけないものまで、「時代だから」という理由で変えてしまっているケースも少なくありません。
ここで重要になるのが、「価値観」と「原理原則」を分けて考える視点です。価値観は、多様であって構いません。むしろ、多様な価値観を認めることは、これからの組織において欠かせない要素でしょう。
一方で、原理原則は違います。原理原則は、時代が変わっても変わらないものです。
南澤が現場で常に伝えてきた原理原則があります。それは、自分のため、お客様のため、そして周りのスタッフのため、すべてに喜んでもらえる仕事をするという考え方です。
お客様が喜べば何をしてもいい、という話ではありません。その行動によって周りのスタッフに負担がかかるのであれば、それは違います。
たとえば、無理な約束をしてしまい、後工程のスタッフにしわ寄せがいく。その場ではお客様に喜ばれたとしても、組織としては確実に歪みが生まれます。
こうしたズレが積み重なると、現場の空気は一気に悪くなります。「あの人の仕事は大変だ」「また無理なことを言っている」――そんな声が出始めるのも時間の問題です。
つまり、原理原則とは、単なるきれいごとではありません。現場を機能させるための“行動基準”そのものです。
そしてこの基準があるからこそ、組織としての一貫性が生まれます。
ところが、この原理原則まで「時代に合わせて変えるもの」として扱ってしまうと、組織は一気に不安定になります。
たとえば、「若い人は打たれ弱いから厳しく指導しない」という考え方です。一見すると、時代に合わせた柔軟な対応のように見えるかもしれません。
しかし、これは明確に誤りです。
厳しい指導は必要です。これは変わりません。言葉の表現や伝え方を工夫することはあっても、正しい指導の流れそのものは、今後も変わることはないでしょう。
実際の現場でも、基準を下げてしまったことで、後から立て直しに苦労するケースを何度も見てきました。一度下がった基準を引き上げるのは、想像以上に難しいものです。
ここを曖昧にすると、何が起きるのか。
基準が下がります。そして、その基準の低下は、確実に組織全体へと波及していきます。
一人ひとりの判断がバラバラになり、再現性が失われる。結果として、育成も機能しなくなります。
さらに言えば、その影響は採用や定着にも及びます。違和感を覚えた人材から、静かに離れていくからです。
もう一つ、象徴的な例があります。
職場で「~ちゃん」と呼び合っているケースです。「お互いに良いと思っているから問題ない」という声も聞こえてきます。
果たして、本当にそうでしょうか。
「~ちゃん」という呼び方は、現代ではハラスメントとして一般的に認識されています。少なくとも、そう受け取られる可能性がある時点で、注意が必要です。
重要なのは、当事者同士の感覚ではありません。第三者がどう感じるか、という視点です。
特に、若い世代がそれを見たときにどう感じるか。ここを見誤ると、組織は簡単に選ばれなくなります。
今の世代は、学校で「~ちゃん」「~くん」と呼ばれて育っていません。教師から「~さん」と呼ばれることが当たり前の環境で育っています。
その感覚を持った人材が職場に入ってきたとき、何を感じるのか。
違和感です。そしてその違和感は、口には出されません。ただ、確実に「選ばれない理由」として積み上がっていきます。
言い換えれば、これは単なる呼び方の問題ではありません。組織としての成熟度が問われている問題です。
時代は変わりました。かつては企業が人を選ぶ時代でしたが、今は人が企業を選ぶ時代です。そして、その判断は想像以上にシビアです。
何気ない振る舞いや言葉遣いの一つひとつが、「この会社で働きたいかどうか」の判断材料になっています。
ここまで見てくると、整理すべきポイントは明確です。価値観は多様でよい。しかし、仕事の基準は揃える必要があります。
認めるべきものと、揃えるべきもの。変えるべきものと、変えてはいけないもの。これを意図的に分けて設計することが、経営の役割です。
多様性を認めることと、基準を下げることはまったく別物です。ここを履き違えた組織は、例外なく弱くなります。そして、不変の基準があるからこそ、変化が活きます。
さて、貴社ではどうでしょうか。
「今の時代に合わせる」という言葉が、判断を曖昧にする“便利な言葉”になっていないでしょうか。
その組織には、認める領域と揃える領域の線引きがありますか。そして、その基準は現場で本当に共有されているでしょうか。
著:南澤博史
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