第44話:「いいとこどり」の危険性

  

「南澤さん、お客様の声の評価がとても良いにもかかわらず、従業員の満足度がもう一つのようで…」ーーーこれは、とある旅館の支配人の言葉でした。

 

通常、顧客の満足度が高い企業では、従業員の満足度も高いことが多いのですが、このような企業は非常に珍しい事例です。 

 

経営陣としては、顧客満足度が高いので、従業員の満足度も高いだろうと見ていたのですが、実際に無記名の従業員アンケートを行ったところ、予想外の結果にただただ驚くばかりでした。

 

このように、一つの事象を見て都合よく解釈することは、世の中では実に多く行われています。

 

例えば、製品のアピールにしても、当然のことながら自社にとって都合の良いところを取り出して強調することが多いです。

 

「いいとこどり」とも言えるこの行為は、複数のものから自分の都合の良いところだけを取り出します。

 

このような行為を、英語では「チェリー・ピッキング(cherry picking)」と言い、数多くの事例の中から自分に有利なものだけを選び、それと矛盾する証拠を隠したり無視したりする行為のことを指します。

 

「チェリーピッキング」の多くは意図的に行われますが、無意識的に行われる場合もあります。

 

そんな「いいとこどり」ですが、前述のようにマーケティング分野においても日常的に使われています。

 

例えば、ポジティブな顧客のレビューだけに焦点を当て、ネガティブな顧客のフィードバックを無視するような行為です。そして、それが意図的に広告などに使われます。

 

現代の消費者はそれを十分理解しているため、さまざまなレビューを参考にしたり、SNSで信頼できる客観的な情報を探したりしています。

 

製品・サービスの開発などでも同様です。しかし、特定のポジティブなフィードバックのみを強調して製品化することで、結果的にユーザーにとって使いづらいものが出来上がり、顧客満足度低下や信頼の損失を招くリスクがあります。

 

このように「いいとこどり」は聞こえが良いですが、マイナスに働くことが多く、大変危険な行為です。

 

人事評価では、そのようなことを防ぐために多面的に評価したり、複数の人が評価したりする仕組みの導入されていることが多くなっています。偏った評価は、本人だけでなく周りのモチベーション低下につながる可能性があります。

 

販売・営業スタッフのスキルに関して言えば、「いいとこどり」戦略も全てが悪いわけではありませんが、同様の危険があります。

 

セールストークにおいては、上手に「いいとこどり」をすることで説得力のある商談を進めることも可能です。ただし、この場合もマイナス面を無視することで、信用を失うことがあります。

 

優秀なセールスはマイナスを隠すのではなく、プラスに置き換える工夫をすることで信頼を獲得します。

 

顧客満足度調査や従業員満足度調査などのデータ分析においても、このような「いいとこどり」が発生しやすいため注意が必要です。

 

少数の顧客の意見だけを取り入れて誤った施策を進めてしまい、社内が混乱したり業績が悪化したりするようなことは、常に発生する可能性があります。

 

データ分析においては、分析者が結論ありきで支持するデータのポイントのみを選び出し、それに反するデータを無視する可能性も否定できません。

 

これを防ぐためには、第三者の監査や反対意見の評価を取り入れることで、バイアスを最小限に抑えることが考えられます。

 

データ分析の内容にもよりますが、企業の重要な方向性を決定するようなものであれば十分に注意する必要があります。

 

また、「いいとこどり」が意図的に行われなくても、確証バイアスにより無意識に行われてしまうことも考えられます。

 

このような場合、さらに危険性が高まります。顧客満足度調査などにおいても、一部の意見を取り上げて、誤った施策を進めてしまうことなどが考えられます。そして、このようなことはどこの企業にも起こり得ます。

 

仮に意図的に行わなかった場合でも、残念ながら企業を誤った方向に導かれてしまうことがあるため、そのような事態を防ぐための仕組みが必要です。

 

そのためには、異なる意見を発信することができる場を醸成することが必要です。一つの意見に同調するだけでは誤った方向に進む可能性が高まります。

 

「木を見て森を見ず」にならないように、ビジネスにおいては正しく全体を俯瞰しながら部分を見ることが求められます。

 

マイナスとしての「いいとこどり」の危険を防ぐには、日頃から現状を客観的に分析する仕組みや組織風土が欠かせません。その上で正しい戦略を立案する必要があります。

 

貴社では、正しく現状を分析する仕組みがありますか?そのような組織風土を醸成していますか?