
「南澤さん、数字は見ている“つもり”でした。でも、今思えば本当は見ていなかったのかもしれません」―――これは、業績がじわじわと悪化し始めた頃、あらためて現状と向き合おうとしていた社長の一言です。
売上や利益の数字は、毎月きちんと確認していました。試算表にも目を通し、前年同月比も把握している。決して、何も見ていなかったわけではありません。それでも、「何かがおかしい」「手応えがない」という違和感だけが残っていたと言います。
詳しく話を聞いていくと、その理由は次第にはっきりしてきました。数字は“見て”いたものの、「判断」や「行動」に結びつく形では捉えられていなかったのです。
前号・第121話では、「時流を読むこと」の大切さをお伝えしました。
大きな変化は、ある日突然起きるのではなく、最初はごく小さな揺れとして現れる。にもかかわらず、多くの人はそれを「誤差」や「一時的なもの」として見過ごしてしまいます。
実は、その小さな揺れに気づけるかどうかを分けるのが、今回のテーマである「現状把握」です。現状を正しく把握できていなければ、揺れそのものが見えません。数字を点でしか見ていない状態では、流れの変化に気づくことはできないのです。
よくあるのが、前年同月比だけで判断してしまうケースです。実際の現場では、「前年同月比は悪くないんですよ」と胸を張る社長ほど、実は流れを見ていないことが少なくありません。
数字自体は間違っていない。だからこそ、安心してしまう。
しかし、その数字が“どこから来て、どこへ向かっているのか”を見ていないのです。
月ごとの数字は大きく崩れていないように見えても、少し長い目で眺めると、緩やかな下り坂に入っていることがあります。
ミクロでは誤差に見えても、マクロで見ると明確な傾向になる。第121話で触れた「小さな揺れ」とは、まさにこの部分です。
南澤自身も、自動車営業時代に同じ経験をしています。
当時、ある車種カテゴリーは「一番の売れ筋」と言われていました。販売台数も安定しており、営業現場では「この車を勧めておけば間違いない」という空気がありました。南澤自身も、そのカテゴリーを主軸に販売していました。
ところが、ある時期を境に、その車種の販売台数が少しずつ低下し始めたのです。最初は「今月だけだろう」「景気の影響かもしれない」と考えていました。
しかし、数字を流れとして見ていくと、それが単なるブレではなく、「小さな揺れ」であることに気づきました。
一方で、市場全体を見ると、別のカテゴリーの車種が静かに伸び始めていたのです。そこで南澤は、早い段階で販売の軸足を切り替え、新しいトレンドのカテゴリーに力を入れる判断をしました。その結果、販売台数を落とすことなく、むしろ伸ばすことができました。
もし、この揺れを見逃し、「これまで売れてきたから」という理由だけで旧来の商品にこだわっていたら、結果は大きく違っていたでしょう。
実際、同じメーカーの車を扱い、同じ環境で営業していたスタッフの中でも、この“気づき”の差によって、明確な成績差が生まれていました。
違いを生んだのは、特別な才能や情報ではありません。
数字を点ではなく、流れとして見ていたか。
小さな揺れを「誤差」で片づけず、立ち止まれたか。
その違いです。
南澤がよくお伝えするのは、「まずは目を背けないこと」です。
体重計に乗らなければ、体重はなぜか増えていく。経営も同じで、現状を測らなければ、変化は見えません。見えないものに、手は打てないのです。
もちろん、すべての数字に施策を打つことはできません。重要なのは選択と集中です。
ただし、数字を正しく把握しているだけでも、「何かおかしい」というブレーキが自然とかかります。
これは個人の問題だけではありません。
組織として、数字をどう見ているか。
小さな揺れに目を向けることを、良しとする文化があるかどうか。
これによって、時流に乗れるか、取り残されるかが決まります。
前号でお伝えした「小さな揺れ」は、現状把握の積み重ねの中でしか見えてきません。
そして今回のテーマは、その揺れを見逃さないための土台づくりです。
貴社には、見ないようにしている数字はありませんか。「大丈夫だろう」と、無意識に目を逸らしている指標はありませんか。
立て直しは、派手な一手から始まるのではありません。
体重計に乗るように、まずは現実を正しく測ること。
すべては、そこから始まります。
著:南澤博史
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