第98話:「夏休みの宿題をすぐにやらない理由」〜「時間割引」の概念〜

  

「南澤さん、どうして締め切り間際に慌てて始めるのですかね…」ーーーこれは、IT関連の機器を取り扱うある経営者の言葉です。

 

実際、この手の悩みは仕事の現場だけでなく、誰もが一度は経験したことがあるのではないでしょうか。夏休みの宿題を最後の一週間でまとめて終わらせた、そんな記憶がある方も多いはずです。

 

南澤も、小学生時代は「今年こそは最初の1週間で全部終わらせて、あとは遊び尽くすぞ!」と意気込んでおきながら、結局8月の終盤に焦って取りかかった口でした。当時はそれでよくても、社会に出てからはそう甘くはありません。

 

このように、人は「将来のために今すべきこと」を先送りにし、目の前の楽しさや楽な選択肢を優先してしまいがちです。この現象を行動経済学では「時間割引」と呼びます。

 

「時間割引」という人間の性質

「時間割引」とは、将来得られる報酬の価値を、現在よりも低く見積もってしまう傾向のことであり、将来の報酬の価値が、時間の経過によって指数的に割り引かれてしまう心理現象です。

 

たとえば「今すぐ1000円もらえる」のと「1ヶ月後に1100円もらえる」の選択肢で、合理的には後者を選ぶべきにもかかわらず、前者を選ぶ人が多いのです。

 

これは、時間が経つにつれて報酬の価値が心理的に“割引”されてしまうからです。南澤がこれまでにご支援した店舗でも、この「時間割引」の罠に陥っているケースは少なくありませんでした。短期の売上ばかりを追い求め、将来の顧客獲得や人材育成に対して腰が重くなってしまうのです。

 

営業現場でも起きている「目先優先」

南澤も営業時代を振り返ると、ついつい顧客対応を優先し、社内の書類業務などは後回しにすることがありました。しかし、これは“優先順位”ではなく、“時間割引”の罠にハマっていた証拠です。

 

また、目の前の商談ばかりに気を取られ、将来の受注につながる施策を怠る営業パーソンは、継続的な成果を出すことができません。

 

一方、将来の成果にも価値を見出し、地道に活動を続ける営業は「売れ続ける営業」へと成長していきます。

 

店長の統制にも「持続性」の限界

これは店長にも当てはまります。営業スタッフに対して厳しく行動管理を徹底することで、一時的には成果を上げることはできます。しかし、これは持続可能な手法とは言えません。スタッフは息切れし、疲弊し、時には離職につながることさえあります。

 

リーダーには、短期の成果と中長期的な成長の両方を視野に入れることが求められます。部下育成や後継者づくりといった“未来のための仕事”は、「急がないからこそ、つい先送りしてしまう」という時間割引の影響を最も受けやすい領域です。

 

夏休みの宿題と経営判断

目の前の仕事ばかりに集中している姿は、夏休みの宿題を残して遊びまくっている小学生と大差ありません。

 

南澤がこれまでに関わった企業の中にも、目先の売上にばかり気を取られ、中長期的な取り組みがなおざりになっているケースを多く見かけました。しかし、企業にとって本当に重要なのは「3年後」や「5年後」にどうあるかを見据える視点です。

 

「ストック型営業」とは何か

南澤が提唱する「ストック型営業」は、まさに時間割引を克服し、中長期的な経営視点を具体的な経営・営業手法へと落とし込んだものです。

 

目の前の一件一件の受注に右往左往するのではなく、将来に向けた受注の種をまき、育て、積み上げていく仕組み…先行受注による受注残の積み増し、人材の育成、顧客の信頼を積み重ね、関係性を強化する―――これらはすべて「将来の利益」をもたらす最重要な資産です。

 

孟子の言葉

「人恒に言う、我に力無しと。力無きに非ず、用うる所を知らざるなり。」

人はよく「自分には力がない」と言い訳をします。しかし、本当に力がないのではなく、力を使うべき方向を誤っているだけなのです。

 

目の前の仕事ばかりに力を注いでいては、いずれ息切れしてしまいます。本当に力を使うべきは、「将来のための種まき」なのです。

 

組織文化こそが“時間割引”を超える鍵

組織としても、「将来に向けた行動を評価する文化」が根付いていないと、社員は誰も動こうとしません。評価が「今月の売上」ばかりに偏っていれば、長期的な投資行動は後回しにされるのが当然です。

 

南澤がご支援している企業では、将来の成果を生むための活動にもしっかりと評価制度を設け、社員の行動を後押しする仕組みづくりを進めています。これによって、「時間割引」の罠を組織全体で乗り越える文化が醸成されていきます。

 

貴社では、「目の前の成果」に偏りすぎてはいませんか?
将来のために今、仕込むべき“宿題”を先送りしていませんか?

その“宿題”は、未来を支える土台となるかもしれません。

 

著:南澤博史