
「南澤さん、当社は小規模な事業を営んでいますので、セキュリティ対策は特に何もしていません…」ーーーこれは、とあるアパレル関連製品を企画・製造販売している企業の経営者の一言です。
その企業は、社員十数名規模の中小企業。売上もそこまで大きくはなく、「取引先も限られているし、うちは狙われることもないでしょう」と考えていたようです。
たしかに、毎月の売上を追い、納期対応に追われる日々の中で、目に見えないリスクへの対処は後回しになってしまいがちです。ですが、こうした「備えのなさ」こそが、経営の足元をすくう危険をはらんでいます…。
私が支援しているある店舗でも、過去にスタッフの退職時に顧客データを持ち出されるという出来事がありました。競業避止義務の規定もなかったため、結果的には顧客の流出につながりました。パソコンのセキュリティ設定を甘くしていたことも一因です。
売上に直接影響するものではないからと後回しにしていたことが、後々、大きな損害を招くことになります。
こうした「セキュリティ対策」や「BCP(事業継続計画)」の整備は、言ってみれば“見えない投資”です。新たな設備や店舗の改装といった“見える投資”とは異なり、成果が直接見えづらいものだからこそ、優先順位が低くなってしまいがちです。
しかし、だからこそ重要なのだと私は考えています。企業の持続的成長において、本当に差がつくのは、こうした見えない部分に手を打てるかどうかです。
たとえば、人材育成もその一つです。採用活動は目に見える投資ですが、採用した人材を育てる取り組みは、成果がすぐに出るものではありません。しかし、この育成こそが、中長期的に企業の基盤を強くし、未来の成長を支える力となるのです。ある種の「粘り強さ」が必要となります。
心理学者のアンジェラ・ダックワースも、著書『やり抜く力(GRIT)』の中で、長期的な成功をもたらすのは「才能」ではなく「粘り強さ」だと述べています。企業経営においても、目先の利益に一喜一憂せず、将来への備えとして“見えない努力”を積み重ねていけるかどうかが、最終的な差となって現れるのです。
また、古典『論語』の中にも、「小人の時を怠るは、大事に至るなり」という教えがあります。小さなことを怠れば、それが積もり積もって大きな問題となる。この姿勢は、まさに見えない投資の軽視につながる考え方と言えるでしょう。
実際、企業文化の中に「見えない投資」を大切にする風土があるかどうかで、社員の姿勢も大きく変わります。リスク管理に取り組む企業は、社員の意識も自然と引き締まり、目の前の業務に対する責任感も高まっていきます。
一方で、「うちは小さい会社だから」「うちには関係ないから」と考える組織は、成長の限界を自らつくってしまいます。どれだけ規模が小さくとも、未来に備える姿勢がある企業は、必ず変化の波に対応し、チャンスをつかんでいきます。
また、企業においても、設備更新やチラシ印刷といった“見える投資”は比較的スムーズに稟議が通るのに対し、教育研修やマニュアル整備のような“見えない投資”には、なかなか理解が得られないという話はよく耳にします。
しかし、振り返れば、現場のチーム力が高まり、離職率が下がり、数字が安定するためには、“見えない投資”の積み重ねが必要です。すぐに成果が見えなくても、信じて続ける価値が間違いなくあります。
今、VUCAの時代と呼ばれる中で、世の中は変化のスピードがますます早くなっています。AIの進化、災害リスクの増加、労働力不足、サイバー攻撃の巧妙化…。こうした時代に、柔軟に対応できる企業であるためには、日頃から“備える姿勢”が不可欠です。
備えあれば憂いなし。
見えない投資は、裏切りません。時間もお金も必要ですが、それ以上の価値があると断言できます。人材への投資は持続的な成長に間違いなくつながっていきます。
貴社では、「見えない投資」にどれだけの時間とエネルギーを注いでいるでしょうか?
著:南澤博史