第92話:価格と期待値

  

「南澤さん、最近うちの商品って、どうも“高く見られてる”らしくて…」ーーーこれは、あるメーカー系企業の営業部長の言葉です。

 

「高く見られている」と聞いても、その一言だけで善し悪しを判断することはできません。重要なのは、「高く見られていても買っていただけている」のか、「高く見られているために敬遠されている」のか、その実態です。

 

この営業部長の話は前者にあたります。競合が値下げをしたことで、相対的に高く見えてしまっているが、実際の売上が下がっているわけではありませんでした。

 

それでも、「この価格で本当に良いのか」「いずれ買われなくなるのでは」といった社内の声が出始めているとのことでした。価格設定に対するこうした悩みは、どの業界にも共通するものです。

 

価格というのは、顧客が感じる価値と密接に結びついています。高くても買ってもらえるのは、その価格に見合う価値、あるいはそれ以上の価値が提供されているからです。逆に言えば、仕方なく選ばれている場合、競合が現れた途端に離れていく可能性が高いのです。

 

特に競合が存在する環境で、他社よりも高い価格でも選ばれているのであれば、それは明確な価値を提供できている証拠です。その価値は、製品の性能や品質かもしれませんし、サービス対応や店舗の居心地といった体験そのものかもしれません。

 

たとえ商品そのものに大きな差がなくても、「あの人から買いたい」「あの会社なら安心」と思われることが、価格以上の価値につながります。

 

顧客は、価格と価値が釣り合っているかを感覚的に判断しています。そしてそのバランスがとれていると感じたときに、満足感を得られるのです。

 

顧客が「この価格なら払ってもいい」と感じているラインを超える価値を提供できれば、満足度はさらに高まります。逆に、期待値を下回る場合には不満につながり、「次はない」と判断されてしまう可能性があります。

 

この“期待値”は価格とともに上がるものです。たとえば、一杯500円のラーメンにはそこまでの期待は持たれません。ある程度の味で満足されやすく、「この価格なら十分」と思ってもらえます。

 

しかし、2,000円のラーメンになると話は別です。スープの深み、麺の食感、素材の良さ、店内の雰囲気、器のこだわり…。すべてにおいて「違い」を感じさせなければ、満足されるのは難しいでしょう。

 

価格が高くなるほど、顧客の期待値も高まり、それに見合う価値を提供できなければ不満につながってしまうのです。

 

ここ数年、原材料やエネルギー価格の高騰により、やむを得ず価格改定を行う企業も増えてきました。こうした状況では、単に「値上げのお知らせ」だけでは顧客の理解を得るのは難しくなっています。なぜなら、価格が上がるということは、それに比例して顧客の期待値も上がるからです。

 

そのため、値上げをする際には、「なぜ上がるのか」と同時に、「その価格に見合う価値は何か」を明確に伝える必要があります。

 

もちろん、単に商品の機能を向上させるだけではありません。接客対応を丁寧にする、納期やサービスレスポンスを改善する、購入後のフォローを手厚くするなど、付加価値の総体として顧客に伝わることが求められます。

 

実際、ある中小企業では値上げと同時に、顧客ごとにカスタマイズされた提案資料を作成するなど、きめ細かい対応を始めたところ、むしろ「前より良くなった」と好評を得る結果となりました。

 

ここで重要なのは、「価格に見合う価値」を維持するのではなく、常に「期待を上回る価値」を提供し続けることです。顧客は昨日と同じ価値を、今日も同じように評価してくれるとは限りません。期待は、時間とともに、そして他社の動向によっても変化していきます。

 

そのためには、組織そのものが成長し続ける必要があります。商品やサービスを改善するだけでなく、社員の接客レベル、業務のスピード、提案力といった全体の底上げが求められます。

 

これを個人任せにせず、仕組みとして整えることができれば、安定的に「期待を超える価値」を生み出し続けることができるのです。            

              

つまり、価格に対する顧客の期待値を、どのように捉え、どのように超える工夫をするかが重要なのです。

 

価格は企業側が決めますが、その「価値」は顧客が決めるものです。だからこそ、提供者側が「これだけの価値がある」と思っていても、顧客がそう感じなければ、その価値は成立しません。

 

そう考えると、価格に見合う価値を提供するというのは、あくまで“出発点”に過ぎず、継続的に「期待以上」を目指す姿勢がなければ、顧客から選ばれ続けることは難しいといえます。

 

そして、この“期待以上”の価値を提供するためには、現場の担当者任せではなく、組織としての取り組みが不可欠です。たとえば、顧客の声を拾う仕組み、フィードバックを改善に活かす文化、社員が自ら考えて行動できる環境などです。

 

顧客の期待値を超えたとき、「高いけど、それでも欲しい」「あの会社なら安心できる」という評価につながります。そして、それは一時的な値引きやキャンペーンでは得られない、長期的な信頼とロイヤルティへと発展していくのです。

 

価格は“数字”であっても、期待値は“感情”です。だからこそ、数字だけを見て判断するのではなく、その背景にある顧客心理と向き合い続けることが求められます。

 

さて、貴社では、「価格」という数字に見合った価値を、本当に提供できているでしょうか?そして、その価値は、顧客の“期待”を超えていますか?

                                   著 : 南澤 博史