第89話:管理職の能力・スキルは本当に後から身につけることができるのか?

   

「南澤さん、私はとても管理職としてつとまる気がしません。管理職として必要な能力やスキル、何一つ備えていません……」ーーーこれは、ある企業で実施した管理職研修で、受講者が漏らした言葉です。

 

実際、多くの企業では「能力があるから管理職になる」のではなく、「任せる必要があるから管理職に就く」というのが実情です。私自身も、管理職に昇格した当初から必要な能力を備えていたわけではありません。

 

リーダーシップ、指導力、コミュニケーション力、観察力、課題設定・解決力、タイムマネジメント、リスク管理など――。管理職には、実に多様なスキルが求められます。しかし、私はこれらを営業時代から準備していたわけではなく、管理職になってから日々の実践を通じて身につけていったのです。

 

特にリーダーシップや部下育成の力は、店長という役割を担って初めて本格的に必要になり、そこから学び、鍛えられていきました。営業時代にも組織の一員としてチームに貢献する意識はありましたが、全体を俯瞰し、部下を導く立場に立ったときに必要とされる能力は、まったく別物でした。

 

では、なぜそれらの能力を後から身につけられたのか。

 

それは、「役割の変化」が自分の意識と行動を変えたからです。人は役割によって行動が変わり、その積み重ねがスキルを形成していきます。特に管理職という役割は、変化を生む力があります。現場を動かし、部下を支え、組織の成果を背負う。その日々の経験そのものが、成長の土台になるのです。

 

もう一つ、私が早く能力を習得できた要因は、「自分なりの“あるべき姿”を明確に持っていたこと」です。営業時代から、「自分が管理職になったら、こうありたい」というイメージを持っていました。このビジョンが、行動の方向性を定め、学ぶ意欲や選択の軸になってくれたのです。

 

実際、私は店長時代、店舗が変わるたび、「この店舗における自分の役割」をスタッフに明言していました。役割を言葉にすることで、自分自身の行動にも責任が生まれ、現場に安心感をもたらす効果もありました(※店長の役割については、コラム「第59話:店長の役割とは?」をご参照ください)。

 

ここで強調したいのは、能力やスキルよりも「考え方=マインドセット」が先にあるということです。

 

どんなに知識やテクニックを学んでも、管理職としての根本的な考え方がずれていれば、行動が伴わず、成果にも結びつきません。反対に、正しい考え方が根づいていれば、日々の業務の中で自然と行動が変わり、必要なスキルも後から確実に身についていきます。

 

たとえば、「管理職は部下の成果を評価する人」ではなく、「部下の力を引き出し、組織として成果を上げる責任を負う存在」と捉えることで、部下との関わり方も大きく変わるでしょう。

 

誤ったマインドセットのまま管理職に就くと、成長スピードは極端に遅くなり、部下を正しく導くことも困難になります。実務的な知識やスキルの習得も重要ですが、まずは「考え方」の土台を築くことが、何よりも大切です。

 

多くの企業で実施されている「管理職研修」でも、この「考え方」の形成が軽視されるケースがあります。ですが、ここを飛ばしてしまっては、本当の意味での成長にはつながりません。

 

マインドセットがしっかりしている管理職であれば、スキルの習得も早く、行動にも一貫性が生まれます。つまり、「考え方が行動をつくり、行動がスキルをつくる」のです。

 

貴社では、管理職として求められる「考え方」を言語化し、育成の中で伝えていますか?管理職に必要なスキルを、日々の行動で確実に育てる仕組みを持っていますか?

  

管理職の成長は、企業の未来を左右します。そして、その出発点は「考え方の明確化」にあります。

 

誰もが、正しいマインドセットさえ備われば、管理職としてのスキルを後からでも必ず身につけることができる。

 

現場での経験を通じて、私はこれを強く実感し、確信しています。