「南澤さん、久しぶりに店舗を見に行ったら大変なことになっていて…」ーーーこれは、都内で複数の飲食店を展開するある経営者の言葉でした。
新店舗のオープン準備に集中するあまり、既存の店舗に足を運ぶ時間が減ってしまった結果、いくつもの問題が積み重なっていました。
幸い、この経営者は普段から現場を定期的に見ていたため、異変をすぐに察知し、迅速に対応できたことで大事に至りませんでした。しかし、もし経営者が普段から現場を見る習慣を持っていなければ、このような迅速な対応は難しかったかもしれません。
1.「虫の目」と「鳥の目」のバランス
経営者には、「虫の目」と「鳥の目」という2つの視点が求められます。「虫の目」は、現場に近い視点で物事を見ることです。現場こそが問題や改善の種が生まれる場所であり、直接観察することで得られる情報や気づきは、何にも代えがたいものです。
例えば、店舗スタッフが顧客対応に苦労している様子、食材の在庫管理が雑になっている状況、新メニューが期待した売れ行きになっていない原因など、現場を訪れて初めて分かることが多々あります。これらは、報告書や数字だけでは捉えきれない、いわば「肌感覚」とも言えるものです。
一方で、「鳥の目」は全体を俯瞰する視点です。経営全体の方向性を把握し、リソース配分や中長期的な戦略を考える際に不可欠です。ただし、全体を見渡すだけでは、現場の小さな変化や問題を見逃すリスクがあります。特に、企業規模が大きくなるほど情報伝達のプロセスが複雑化し、現場の実情が正確に上がってこないことが増えます。
2.情報の「フィルター」とそのリスク
経営者が現場を直接見ない場合、現場から正確な情報が上がる仕組みを整備することが必要です。しかし、意図的にデータの一部を切り取り、都合の良いように加工されるケースもあります。これは、提案者が自分の提案を通すために行う場合もあれば、報告者が自身の失敗を隠そうとする場合もあります。
こうした情報の「フィルター」は、悪意がある場合も無意識の場合もありますが、いずれにせよ経営判断に影響を与えます。特に、報告書の中で都合の良い事実だけが記載される場合、重要な情報が抜け落ち、結果的に不適切な施策や意思決定につながるリスクがあります。
さらに、多店舗展開では、現場のスタッフ同士が共有する情報が偏りがちになることもあります。例えば、特定の店舗でのみ発生している問題が全体の問題として報告されてしまうケースです。このような誤報が経営判断を狂わせることもあり、注意が必要です。
3.現場を知ることで得られる「違和感」
「虫の目」を持つことで、こうした情報の歪みを回避しやすくなります。現場を知っている経営者であれば、報告書や提案書の中に「おかしい」と思うポイントや抜け漏れに気づく可能性が高くなります。これこそが現場を見る最大のメリットです。
例えば、スタッフが報告する「クレーム件数の減少」というデータだけを見ても、それが本当に顧客満足度の向上を示しているのか、それとも単に報告されないだけなのかは現場を見ないと分かりません。実際に店舗を訪れ、スタッフや顧客の表情、雰囲気を観察することで、「違和感」をキャッチする能力が磨かれるのです。
4.現場を見ることの重要性
店舗経営コンサルタントとしては、経営者が「鳥の目」と「虫の目」の両方をバランスよく持つことが重要であると考えます。全体最適を目指すための「鳥の目」はもちろん必要ですが、現場を見ることでしか得られない情報や気づきが、経営判断の正確性を支える重要な要素となることを忘れてはなりません。
では、具体的にどうすれば現場を見る機会を増やせるでしょうか?
(1)定期的な現場訪問を行う
月に一度、もしくは四半期ごとなど定期的に店舗を訪問し、現場の声を直接聞く機会を設けます。
(2)現場スタッフとの直接対話を行う
階層を越えて、実際の業務中に現場で働くスタッフと直接対話をすることで、現場の実情をより深く正確に理解できます。それによって、リアルタイムの課題やアイデアを引きだすことができます。
(3)現場の声を可視化する仕組みの導入
アナログツールだけでなく、デジタルツールを活用し、現場からの意見や提案をリアルタイムで吸い上げられる環境を整備します。
(4)現場の成果を評価・共有する
現場での改善活動や成果を積極的に評価し、社内で共有することで、現場の意識を高めるだけでなく、全体最適を促進することができます。
5.長期的な成功への鍵
現場を見ることで、小さな問題の芽を早期に発見し、迅速に対応することが可能になります。経営者としての視点を広げつつ、足元の現場にも目を向けることが、長期的な成功への鍵と言えるでしょう。
貴社では、現場を正確に見る仕組みや、正確な情報を上げる体制が整っていますか?今一度、現場と経営のバランスを見直してみませんか?