第63話:異なるコンセプトを使い分ける意味

 

「南澤さん、今度の新製品は一般消費者向けで、これまでとは全くコンセプトが異なります。何か注意する点はありますか?」ーーーこれは、長年にわたりBtoB向け製品を開発提供してきた製造業の経営者の一言でした。

 

これは、多くの企業が新たなターゲット市場に進出する際に直面する課題でもあります。製造業に限らず、これまでのコンセプトと全く違う製品・サービスを提供することは、どの業種・業界にも共通の課題です。

 

コンセプトが異なる場合、ターゲット層も当然異なります。BtoBとBtoCのようにターゲット層が明確に異なる場合は問題ありませんが、両者の区分が曖昧な場合、いわゆる「カニバリゼーション(共食い=自社製品の競合)」が発生します。

 

たとえば、既存製品と新製品が似ている場合、既存顧客が新製品に流れ、売上が全体で伸びない、もしくは既存の売上が減少する可能性が高まります。

 

BtoCへ進出する際には、従来のビジネスモデルとは異なるターゲット層のニーズを深く理解し、差別化が求められます。

 

コンセプトを変える際には、既存の売上への影響が大きなリスクとなり得ます。つまり、コンセプトが異なると言っても中途半端な違いの場合、既存の製品を使用していた人が新しい製品に流れることで、全体の売上があまり伸びないということが起こるわけです。

 

そのため、コンセプトを刷新し、ターゲット層を明確に区別することが不可欠です。既存市場と競合しない独自のポジショニングを確立することで、既存顧客を維持しつつ、新たな顧客層の開拓が可能となります。

 

コンセプトに明確な差を設けることで、新製品に流れることを防ぎながら、新たな顧客層を開拓することができます。このようなターゲット分けの戦略は、企業が長期的な収益の安定を保つために、非常に重要です。

 

私が経験した自動車業界でも、コンセプトの違いがあまり明確でないばかりに、既存の商品の台数が落ちた分が新商品にそのまま流れたという話は何度となくありました。

 

しかしながら、コンセプトの違いに関してこれまでお話したことは、実はそれほど大きな問題ではありません。

 

もっと大きな問題は、新しいコンセプトに基づく新商品・新サービスが、既存のブランド価値を傷つけるリスクがあることです。

 

既存のブランド価値が低下するリスクは、長年培ってきた顧客の信頼や市場での地位に直接影響するため、慎重な判断が必要です。顧客層ごとのニーズを把握し、リスクを回避する戦略的準備が不可欠です。

 

例をあげるなら、これまで高級路線だったのが、新コンセプト、新ターゲットが低価格で大衆向けとなった場合などです。

 

この場合、成功すれば良いのですが、多くの場合は失敗に終わってしまいます。もともと大衆向けは大手企業のとる戦略であり、特に規模の小さい企業は注意が必要です。

 

異なるコンセプトによって新たなターゲット層を明確にすることで、既存の顧客が新製品へ流れることを防ぎつつ、新たな顧客層を開拓できます。このようなターゲット分けの戦略は、企業が長期的に安定した収益を保つために非常に重要です。

 

実際に、かつて老舗の高級釣具店が突然低価格のラインを出した結果、高級志向の顧客が離れてしまう事例も見られました。

 

高級釣具店の顧客は、最高級の製品とサービスを求めていたため、低価格ラインが出たことで、その店への期待と信頼が揺らぎ、結果として高級志向の顧客離れを招いたのです。既存ブランドと新ブランドの一貫性が確保されないと、顧客が迷い、信頼が損なわれやすくなります。

 

これまで、高級路線で、高価格かつ高い品質、高いレベルのサービスを売りにしていたのに、低価格で低品質な商品を提供することで、既存のブランドのイメージが崩れてしまうのです。

 

特にアパレルや趣味に関連する製品を扱う専門店などがこのようなことを行うと、顧客離れを起こす可能性があります。既存ブランドと新しい製品ラインの間で一貫性が欠けると、顧客は「このブランドはもう高品質ではないのか」と不安を抱く可能性があります。

 

自動車業界では、トヨタ自動車はそのようなことを防ぐために、「レクサス」ブランドをつくり、高級路線を完全に分けることに成功しました。

 

トヨタがレクサスブランドを成功させた背景には、徹底したブランド戦略と高級市場への細かなニーズ調査がありました。

 

我々にとって身近な飲食店では、昼と夜でまったく異なるコンセプトで営業していることがあります。私の好きな店舗では、昼は「カレー店」、夜は「イタリアンレストラン」として営業しており、昼はアットホームな雰囲気、夜は照明を落とした落ち着いた空間で特別感を演出しています。

 

このように、異なるコンセプトを明確に演出することで、昼と夜、それぞれの利用シーンに合わせた新鮮な体験を提供しています。

 

このような店舗では、夜と全く異なる商品・サービスを提供することで、夜のメニューに特別感を与えていると考えられます。

 

もちろん、昼にお得な価格で夜のメニューと似たようなランチメニューを提供するお店もあります。それは戦略の違いですが、昼の利用が夜の顧客を奪う可能性があるため、難しい側面も事実です。

 

夜の特別感を強調するために、あえて昼のメニューを分けることは有効な戦略と言えます。こうした戦略を効果的に進めるには、自社の顧客をしっかりと分析することが重要です。業種・業界が異なっても、この考え方は共通です。

 

貴社では、現行のコンセプトやターゲットに加え、新たな市場進出時にどのような価値や差別化を提供できるでしょうか?既存顧客の信頼を守りつつ、新たな市場にどのような価値を提供できますか?