「南澤さん、当社では営業地域を限定して、遠方に営業に行くような無駄をなくすことにしました…」ーーーこれは、とある自動車販売店の経営者の一言でした。
営業エリアを限定することで、限られた人員やリソースを効率的に活用し、無駄な営業時間を減らし、営業効率を最大限に高めるための、一見合理的な決断でした。
しかし、短期的な効率だけを見たこの決断は、コスト削減や時間短縮という表面的な効果に焦点を当てていますが、背景にはもう少し複雑な現実が隠れていました。
地域を限定することは、大企業ではない中小企業にとっては特に重要な戦略です。限りある資源の有効活用を目的として、このようなことは多く行われます。地域を限定し、地域別に担当を決める場合、基本的には遠方に営業に行くようなことは少なくなります。
しかしながら、営業担当を業種別等で割り振った場合など、担当エリアがどんどん広がっていくことがあります。このようなことは、珍しいことでもなんでもなく、ある意味必然とも言えます。
仮に、地域を限定しているからといっても、実は同じようなことが起こります。例えば、紹介販売などがわかりやすい例です。
紹介先が、遠方であった場合、実に悩ましい話となります。大企業であれば、最寄りの拠点、営業所、店舗に割り振ることも可能ですが、そうでなければ、自社、自店で対応せざるを得ないのが実状です。
私自身、南は鹿児島から、北は北海道の稚内まで、かなり遠方まで車を販売した経験があります。一般的な店舗の営業スタッフでは、珍しい方です。
普通に考えれば、長距離の移動や時間のかかる手配は、業務効率の観点から見れば、明らかにムダと感じるかもしれません。
しかし、実際にはこのような普段と違う「段取り(陸送の手配や納車ルートの選定)」などを経験することで、効率的なスケジューリング方法や予期せぬトラブルへの柔軟な対応力を養うことができました。
当然ながら、アフターサービスは最寄り店舗に依頼することになりますが、受注から車のお届けまでをしっかり行うことで、紹介元への顔がたちます。
もちろん、自走可能な範囲(埼玉、神奈川、千葉、山梨、長野、静岡、群馬、栃木)であれば、東京から少し離れても普通に納車に行っていました。
一日仕事になりそうなところですが、今とは時代が異なっていたため、早朝の明け方に出発するなど工夫をしていました。
例えば、早朝の交通量が少ない時間帯に移動することで、往復の時間を短縮し、その分通常業務に充てることができました。
現在でも、キーエンスの営業スタッフが朝早くから動くのは有名な話です。私の場合はもっと極端に早く稼働をしていました。
一見ムダな時間とも思われますが、このような経験から得たものは大きく、顧客との会話など、さまざまなところで役立ったか計り知れません。
長野県の諏訪湖近辺への納車は特に印象深い経験でした。納車の際、お客様は私が実際に車を届けに来たことにあらためて驚かれ、非常に感謝していただきました。納車時の顧客との会話は今でも鮮明に覚えています。
実際にお会いして、普段では知ることがないような、諏訪のお祭りなど地元のお話を多く伺うことができました。遠方への対応が単なる「ムダ」ではないと強く感じました。
翻って、現代においてはこのようなことは難しくなっているのが現状です。労働時間の厳格な管理が必要な中で、私の経験と同じように考えることはできません。
勤務時間スタートとともに出発し、遠方に行けば、それこそ一日がそれだけで終わります。稼働日数が限られている中で、遠方への移動に1日を費やすことは大きなロスになります。
しかし、単なる時間の損失としてではなく、その訪問によって築かれる信頼や将来的なビジネスの拡大、さらには紹介の輪が広がる可能性を見据えることも重要です。
売上や紹介元との関係、その後への影響など、費用対効果も考えて、さまざま視点から判断する必要があります。
言葉を悪く言うなら、一日という時間をムダにすることになりますが、それに値するものが得られるかをよくよく考えなければなりません。それは必ずしもムダではありません。
このような場合、どこまでを許容するかの判断基準を決めておくことが重要となります。ある種のムダを許容する範囲とも言えます。例えば、顧客との長期的な関係構築の可能性や、遠方への対応によって得られる信頼度を評価基準に設定することで、判断が容易になります。
これは、何も時間のロス、ムダに限った話ではありません。企業においては、一見ムダのようなことを許容することで、それ以上の価値が得られる場合が存在します。
1つの例になりますが、遠方への営業を行う際、顧客との信頼関係の構築ができるかどうか、次にその取引が将来的なリピートや新たな紹介につながる可能性があるかなどです。
そして、長期的にどの程度の利益を生むか。これらを総合的に評価し、短期的な損得を超えた価値が見込まれる場合、積極的に遠方対応を行うことが有効です。
移動コストと労働時間だけではなく、顧客との信頼関係の構築、将来的なリピートにつながる可能性、さらには紹介の広がりなども考慮に入れます。
これらを総合的に評価し、短期的な損得を超えた価値が見込まれる場合は、積極的に遠方対応を行うことが考えられます。
何もかもムダとして排除することが、必ずしも得策ではありません。将来的に生み出す価値を考えて評価すべきです。
貴社でも、すべての「ムダ」を排除する前に、そのムダが将来的にどのような価値を生み出す可能性があるか、再評価してみてはいかがでしょうか。ムダを許容する判断基準を設定することで、思わぬチャンスを手にするかもしれません。