「南澤さん、製品の数が増え過ぎてしまい、そろそろ整理しようかと考えているのですが…」―――これは、あるクライアントの社長からの一言でした。
彼らは新製品の開発に注力してきた結果、製品ラインが増えすぎ、様々な問題が起きていました。既に売上にあまり寄与していない製品もかなり多くありました。
製品数を減らそうという決断にもかかわらず、創業時からの「思い入れ」のある製品やサービスはなかなか手放せません。このジレンマは多くの企業が直面するもので、感情が意思決定を難しくする典型例です。
しかし、販売・営業の現場では、製品やサービスに対するこの「思い入れ」は、売上を直接向上させる大きな強みになることがあります。
実際に私自身も、新商品が発売された時に、この「思い入れ」の力を体験しました。私は真っ先にその新商品を購入し、実際に使用していました。そして、その商品に対して強い「思い入れ」を持って毎回商談を進めていました。
その結果、不人気だったその商品を、他の営業スタッフが売り伸ばすことに苦労している中で、確実に売り伸ばすことに成功していました。製品に対する強い「思い入れ」を売上に結びつけることができていたのです。
経験の浅いスタッフでも、製品への強い「思い入れ」は説得力を増し、売上に直接つながります。これは情熱(パトス)として知られる説得の三原則の一つでも知られており、感情の力がいかに重要であるかを示しています。
製品やサービスを本当に心から良いと思っていれば、それをそのままストレートに伝えれば良いので、高度さはさほど求められません。新人営業が売れる理由の一つです。
そのため、新入社員が自社の製品やサービスに対して惚れ込んでもらうための環境を作ることは、非常に重要です。
このような取り組みは一種の「洗脳」のようにも考えられますが、古くから行われており、近年その重要性はさらに増しています。
中途採用者が増加している中で、彼らにも同様に「思い入れ」を持たせる仕組みが必要であることは言うまでもありません。ただし、多くの企業がその点で苦労しています。これが、中途採用スタッフが、期待通りの業績を上げられない一因であると、店舗経営コンサルタントの私は見ています。
では、「思い入れ」がなければ売れないのでしょうか?答えは「NO」です。事実、売上を伸ばす営業スタッフの中には、製品に対する強い愛着を必ずしも持たない者もいます。
彼らは論理的な説明や、築いた顧客との関係性を通じて、「思い入れ」の欠如を補います。これは、説得の三原則、「ロゴス(理論)」、「エトス(倫理)」としても言われています。
ただし、「思い入れ」がなくても、それをうまく表現し、あたかも存在するようにふるまうことができる、というのが条件となります。それができれば問題ありません。ただし、これができるにはある程度の高度なスキルが求められます。
例えば、カウンセリングの領域では、「自己一致」が重視されます。これは、カウンセラーが相手の言葉にどれだけ自身の感情を調和させて誠実に応じるかを意味します。
相手が言ったことに対して、たとえ嫌悪感を抱いたとしても、その感情を自分自身が認めることで、相手に対して誠実な対応ができます。これは高度なスキルですが、これにより深い信頼関係を築くことが可能です。
このことは、製品やサービスに対しての「思い入れ」の話と本質的には同じだと私は考えます。必ずしも「思い入れ」がなくても、誠実な対応ができるのです。しかしながら、その域まで達するには相当の経験を積まなければなりません。
そのような理由から、より現実的な解決策として、社員に自社の製品やサービスに対して「思い入れ」を持たせる方が効率的です。
これは新入社員や経験の浅いスタッフに対して特に効果的です。製品やサービスに対する「思い入れ」を育てることで、効率的に業績を向上させることができます。
同時に、中途採用者などに対してもそのようなことができれば、たとえ能力やスキルが劣るとしても、手っ取り早く業績を上げることができます。
高度な営業スタッフを育成するには、それなりの月日を要します。「思い入れ」がなくても売れますが、そこまでのレベルになるには、時間がかかりすぎます。
そして、製品・サービスだけでなく、さらに発展させて自社に対して「思い入れ」を持ってもらうことがより重要です。
近年、重視されている「CI」コーポレートアイデンティティーは、まさにそれらを実現するための活動でもあります。従業員だけでなく、ステークホルダーや顧客にも自社への「より良いイメージ」、愛着を持たせるための戦略としても活用されています。
貴社の従業員は、自社の製品やサービスに対して「思い入れ」を持っていますか?そのような「思い入れ」を持ってもらうための、仕組みがありますか?
自社の製品やサービスだけでなく、会社そのものに対する愛着を持ってもらうための取り組みは行われていますか?