
「南澤さん、出荷伝票の処理を一括でやるようにしたら、逆に残業が増えてしまって…」ーーーこれは、ある製造業の部長の一言でした。
多くの人が「仕事はまとめて一気に片づけた方が効率的だ」と考えがちです。確かに、準備や片づけに時間がかかる作業であれば、まとめて行った方が手間が省けます。
製造業でいえば、金型の段取り替えの回数を減らすことで“段取り効率”が上がる典型的なケースです。ただし、「まとめてやる=効率的」とは限りません。一見、効率化の王道のように見えても、実際にはそうでもない仕事があるのです。
たとえばトヨタ生産方式の「ジャストインタイム(JIT)」は、まさにその逆の発想です。必要なものを、必要なときに、必要なだけつくる。いわゆる“一個流し”の考え方です。ぱっと見では非効率に思えますが、リードタイムを短縮し、在庫リスクを減らすという明確な強みがあります。
仕事もまた同じ構造を持っています。まとめて処理する「大ロット方式」、一件ずつ確実に処理する「小ロット方式」。どちらにも良し悪しがあり、場合によっては“まとめた方が遅い”こともあります。
たとえば出荷伝票をまとめて処理すれば、机の上に紙が山積みになり、確認漏れや入力ミスが起きやすくなります。経費精算を月末にまとめてやろうとすると、領収書を探す時間に追われ、思い出すのにも一苦労。承認書類を一括で処理すれば、決裁が滞り、現場の動きが止まってしまう。
こうした例は、どこの職場でも思い当たるのではないでしょうか。つまり、「早く片づけたつもりで、結果的に遅れている」というわけです。
メールの返信も似ています。「あとでまとめて返そう」と考える人は多いものの、その間に緊急案件が埋もれてしまう。結果、後から慌ててフォローする羽目になり、かえって時間を取られる…。これがまさに“バッチ処理の落とし穴”です。
心理学的にも、まとめて作業を続けると集中力が低下しやすいことがわかっています。行動科学では「決断疲れ(decision fatigue)」と呼ばれ、判断や選択を繰り返すほど精度が落ちていく現象です。
つまり、“一気にやる”ことで能率が上がるどころか、思考の質まで下がってしまうのです。
もっとも、すべてを小ロット化すれば良いという話ではありません。南澤も会社員時代、洗車や部品の仕分けといった作業では「まとめてやる方が効率的」と感じたことが多々ありました。
ただし、それでも途中で集中力が切れたり、体力的にペースが落ちたりすることがある。仕事の性質によって、最適な“ロット”は変わるのです。
南澤が店長時代に痛感したのは、効率化の鍵は「数をこなすこと」ではなく、「流れを止めないこと」だということでした。後工程を待たせず、現場の流れを乱さない。これこそが本当の意味での“効率”です。
JITの真髄も、単に小分けにすることではなく、作業の流れを平準化して全体を同期させることにあります。要するに、“流れを乱さず、全体の歩調をそろえる”という考え方です。
また、リスク管理の観点から見ても、「まとめて」は危うい場合があります。個人情報を扱うような仕事や、記入ミスが許されない書類の処理などは、確実に一件ずつ確認した方が安全です。
スピードを追うよりも、正確さを優先することが結果として信頼を守り、再作業という“見えないムダ”を防ぎます。
結局のところ、仕事の進め方には三つの原則があると南澤は考えています。
・準備や片づけに時間がかかるものは「まとめて一気に」
・確認や精度が求められるものは「小分けで確実に」
・流れがあるものは「止めないでスムーズに」
これは理論ではなく、現場で積み上げた“肌感覚の原則”です。
言い換えれば、効率化とは「早くやること」ではなく、「流れをどう設計するか」ということなのです。現場では、「まとめた方が早い」と信じて疑わない文化が根づいていることがあります。けれども、その“常識”が本当に成果を生んでいるのか、一度立ち止まって点検してみる価値はあるでしょう。
古典『論語』には、「君子は和して同ぜず」という言葉があります。これは、他人と協調しながらも、盲目的に同調しないという意味です。
つまり、周囲が「まとめた方が早い」と言っていても、それが自分たちの現場に本当に合っているかどうかを見極める目が必要だということです。
現場の最適化とは、単なる「型」ではなく「考え方」の問題です。まとめるのか、小分けにするのか。それは仕事の性質や組織のリズム、そしてミスの許容度によって変わります。しかも、その最適解は常に変化していきます。
だからこそ、その変化を見極め、最適なやり方を選び直す判断力こそ、マネジメントの腕の見せどころです。
貴社では、仕事を「まとめて処理するもの」と「逐次処理するもの」とを、意図的に区別しているでしょうか?その選択を裏づける仕組みやルールは整っていますか?
そして何より、「なぜこの方法が最適なのか」。
その理由を、現場の一人ひとりが自分の言葉で語れるかどうか―――そこが本当の分かれ目です。
著:南澤博史
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