
「南澤さん、新しい取り組みを始めても、続くのは最初のうちだけで、いつの間にか元に戻ってしまうのです」―――これは、ある自動車整備業の経営者との会話の中でいただいた言葉です。
このような話は、自動車販売店や整備工場では実に多く聞かれます。
例えば、工具や部品を決められた場所へ戻す整理整頓、作業前後のチェックリスト、毎朝の短時間ミーティング、顧客への点検・車検の案内、作業進捗を共有する管理表、ヒヤリハットや改善提案の共有などです。
どれも特別に難しいことではありません。大切であることも、現場で働く多くの人が理解しています。
それにもかかわらず、当たり前のように実行できている会社や店舗がある一方で、何度始めても定着しないところがあります。この違いは、どこから生まれるのでしょうか。
特に、5Sの定着度は現場を見ればすぐに分かります。
自動車販売店であれば、化粧室やバックヤードを見るだけでも分かります。整備工場であれば、工具の置き方や床の状態を見れば、日頃どのような管理が行われているのかが見えてきます。
かつて、南澤が会社員として働いていた時代にも、5Sができている店舗と、なかなかできない店舗がありました。
同じ会社ですから、基本的なルールは同じです。働いているスタッフの能力にも、それほど大きな違いがあるわけではありません。それでも、店舗によって5Sの状態には明らかな差がありました。
その違いの多くは、5Sを継続する仕組みがあるか、ないかでした。
いつ、誰が、どこを確認するのかが決まっている。不要なものを処分する日が設けられている。責任者が定期的に現場を回り、できている点と改善すべき点を確認している。
このような店舗では、5Sが特別な活動ではなく、日常業務の一部になっていました。
一方で、うまくいっていない店長に共通していたのは、仕組みをつくらず、毎日のように指示だけを繰り返していたことです。
「きちんと片付けなさい」
「使った工具は元の場所へ戻しなさい」
「どうして、何度言ってもできないのか」
このように注意すれば、その場では片付きます。しかし、しばらくすると、また元の状態に戻ります。すると店長は、さらに強く指示を出すようになります。
店長は「何度言っても部下がやらない」と考え、スタッフは「また店長に言われたから片付ける」と受け止めます。これでは、自発的な行動にも、職場の習慣にもなりません。
指示を出すことと、仕組みをつくることは違います。
指示は、その場の行動を変えることはできます。しかし、指示を出し続けなければ維持できない状態は、定着したとはいえません。店長がいない日には、元の状態に戻ってしまうからです。
もちろん、片付けることが好きな人もいれば、嫌いな人もいます。得意な人、苦手な人もいるでしょう。個人の性格や習慣に左右される部分があることは事実です。
しかし、定着しない理由を「あの人は意識が低い」「何度言ってもやらない」と、個人の問題だけにしてしまうと、本当の原因を見失います。
これは、5Sに限った話ではありません。
新しい会議を始める。業務改善に取り組む。新しい管理表を導入する。情報共有のルールを決める。研修で学んだことを職場で実践する。
始めた直後は皆が意識して取り組んでいても、しばらくすると実施されなくなり、気がつけば元の状態に戻ってしまいます。
その結果、「結局、効果がなかった」「自社には合わなかった」と判断されることも少なくありません。しかし、取り組みそのものが悪かったのではなく、成果が出るところまで続けられなかっただけかもしれません。
では、取り組みを定着させるためには、何が必要なのでしょうか。
第一に必要なのは、目的を明確にし、現場と共有することです。
経営者が「必要だからやる」と思っていても、現場が「また新しい仕事が増えた」と受け止めていれば、同じ取り組みをまったく違う角度から見ていることになります。
例えば、チェックリストを導入する目的が「従業員を監視するため」と受け取られれば、現場には抵抗感が生まれます。一方で、「作業漏れを防ぎ、お客様からの信頼を守るため」と理解されれば、その意味は大きく変わります。
何のために取り組むのか。その目的に現場が納得していることが、定着の出発点です。
第二に、「いつ行うのか」「誰が担当するのか」「誰が確認するのか」を決めることです。
忙しい現場では、目の前のお客様への対応や突発的な仕事が優先されます。「明日からやろう」と呼びかけるだけでは、新しい取り組みは、これまでの習慣の中に埋もれてしまいます。
毎朝行うのであれば、朝礼の中に組み込む。管理表を使うのであれば、入力する時刻と確認する責任者を決める。
個人の意欲や記憶に頼るのではなく、日常業務の中に組み込むことが重要です。
第三に、定期的に振り返り、続けられる形へ修正することです。
新しい取り組みほど、最初から完璧な形を目指す必要はありません。まずは一つの部署や一つの項目に絞り、期間を区切って小さく始めます。その上で、現場の意見を聞きながら改善していきます。
使いにくい管理表であれば修正する。会議が長すぎるのであれば短くする。負担が大きすぎるのであれば、実施項目を絞る。
取り組みの形を守ることが目的ではありません。本来の目的を達成するために、続けられる形へ変えていくことが大切です。
また、振り返る際には、できていないことを注意するだけでなく、続けたことによる変化も確認します。
作業ミスが減った。探し物の時間が短くなった。お客様への連絡漏れがなくなった。残業時間が減った。このような小さな成果を共有することで、現場は取り組む意味を実感できます。
新しい取り組みが定着しないとき、経営者や管理者は「なぜ社員は続けないのか」と考えがちです。
しかし、本当に問うべきなのは、「続けられる仕組みをつくったか」ということではないでしょうか。
どれほど優れた取り組みであっても、一度実施しただけで大きな成果につながることはほとんどありません。目的を共有し、日常業務に組み込み、振り返りながら改善することで、初めて組織の習慣として根づいていきます。
定着とは、同じことをただ繰り返すことではありません。目的を見失わず、続けられる形へ変えながら、組織の当たり前にしていくことです。
貴社では、新しい取り組みを「始めること」だけで終わらせていませんか。そして、それを組織の当たり前に変える仕組みは整っていますか?
著:南澤博史
