
「南澤さん、同じ会社で働いているのに、なぜ経営側と現場ではこんなに見えているものが違うのでしょうか?」―――これは、ある企業の経営者との会話の中でいただいた言葉です。
同じ会社で、同じ目標に向かって仕事をしているはずなのに、経営者と現場の社員では見えているものが違います。上司と部下、先輩と後輩でも同じです。
例えば、現場から見れば「面倒なルール」に思えることも、経営者の位置から見れば、事故やクレームを防ぐために必要な仕組みなのかもしれません。営業担当者から見れば「ぜひ買っていただきたい商品」であっても、お客様の位置から見れば、「なぜ今これを買う必要があるのか」と感じているかもしれません。
どちらが正しい、間違っているという話ではありません。大切なのは、自分が今「どの位置から物事を見ているのか」に気づくことです。
問題がなかなか解決しない時、私たちはつい「もっと考えなければ」「考え方を変えなければ」と思います。確かに、視点を変えて考えることは重要です。南澤もこれまで、このコラムの中で何度もお伝えしてきました。
しかし、ここで一つ考えなければならないことがあります。本当に、その位置から物事を見ているのでしょうか。
相手の立場になって考えているつもりでも、実際には自分の立ち位置から相手のことを想像しているだけ、ということがあります。つまり、「視点を変える」ことと「立ち位置を変える」ことは、似ているようで少し違うのです。
視点は、頭の中でも変えることができます。「もし自分がお客様だったら」「もし自分が部下だったら」と想像することはできます。しかし、本当の立ち位置を理解するためには、実際にそこへ近づき、見て、聞いて、時には経験することが必要です。
ここでいう「正しい位置」とは、特定の一つの位置を指すものではありません。経営者の位置が正しく、現場の位置が間違っているという意味でもありません。
その問題を正しく捉えるために、必要な位置があるということです。
先ほどの「面倒なルール」で考えてみましょう。事故やクレームを防ぐという目的から見れば、そのルールは必要なのかもしれません。
しかし、実際にそのルールを使う現場の位置から見れば、「忙しい時間帯には実行できない」「手順が複雑すぎる」「なぜ必要なのか分からない」といった別の問題が見えてくることがあります。
現場の位置から見ることなく、「必要なルールなのだから守りなさい」と言い続けても、正しいはずの仕組みが機能しないことがあります。やがて不満が生まれ、「経営側は現場を分かっていない」という確執につながるかもしれません。
だからこそ、経営者や管理職は現場を自分の目で見る必要があります。人から聞いた情報には、どうしてもその人の解釈やバイアスが入ります。報告書や数字を見ることも大切ですが、実際に現場へ行き、自分の目で見て、そこで働く人の話を聞く。そうすることで初めて見えてくるものがあります。
営業や販売の現場でも同じです。店舗であれば、一度お客様になったつもりで駐車場から店舗へ入ってみる。入口は分かりやすいのか。スタッフからどのように見られているのか。商品は探しやすいのか。店内でどのような景色が見えるのか。
会議室の中で「お客様目線で考えよう」と話し合うだけでは、お客様の位置に立ったことにはなりません。
上司と部下、先輩と後輩についても同様です。若いスタッフに、小さな仕事でも責任者を経験してもらうと、それまでとは違ったものが見えてきます。人に仕事をお願いする難しさ、進捗を確認する気苦労、期限を守ってもらえない時のストレス……。
責任者という位置に実際に立つことで、初めて上司や先輩が見ていた景色の一部が見えるようになります。
南澤自身にも、同じような経験があります。営業担当だった頃、南澤には営業の位置から見えている景色しかありませんでした。整備・サービススタッフの立場を理解しているつもりでも、今振り返れば、あくまで営業側から想像していただけだったと思います。
「なぜすぐに作業してくれないのか」「これくらい対応してくれてもいいのではないか」と思うこともありました。しかし、サービススタッフとの会話を増やし、実際の現場をよく見るようになると、少しずつ見え方が変わりました。
一台の作業を割り込ませることで、その後の予定がどれだけ崩れるのか。安全や品質を守るために、どれだけ多くの確認が必要なのか。営業の位置からは見えていなかったものが、別の位置へ近づくことで見えるようになったのです。
管理職も同じです。プレイングマネージャーであれば、管理する側とプレイヤー側、上司と部下、先輩と後輩という複数の位置を比較的行き来することができます。
しかし、管理職になって長い年月が経ち、プレイヤーだった頃の感覚を忘れてしまえば、現場とのズレは少しずつ大きくなります。
経営者であれば、なおさら多くの位置から会社を見る必要があります。経営者の位置、管理職の位置、現場の位置、そして顧客の位置。それぞれから見える景色は違います。
だからこそ、一つの位置から見えた景色だけで、物事の全体を判断してはいけないのです。
「正しい位置」とは、一つの正解となる場所ではありません。問題の全体像を捉えるために、必要な位置へ移動すること。そして、一つの位置だけで判断せず、必要に応じて複数の位置を行き来することです。
そして、これは個人の意識だけの問題ではありません。部署間の交流がなく、縦割りで閉鎖的な組織では、他の人がどのような景色を見ながら仕事をしているのか分かりません。
営業は営業、サービスはサービス、管理部門は管理部門。それぞれが自分の位置から見える景色だけを「正しい」と考えるようになれば、組織の中に少しずつ壁ができていきます。
反対に、部門を越えて仕事を経験する、現場を見る、顧客の声を共有する、若手にも責任ある役割を任せるなど、お互いの立ち位置を知る機会がある組織では、物事を多面的に捉えやすくなります。
強い組織とは、全員が同じ位置から同じ景色を見る組織ではありません。それぞれ違う位置から見えている景色を持ち寄り、必要に応じて別の位置からも物事を見ることができる組織です。
営業には営業から見えるものがあります。サービスにはサービスから見えるものがある。現場には現場からしか見えないものがあり、経営者には経営者だからこそ見えるものがあります。
違って見えること自体が問題なのではありません。その違いを理解せず、共有できないことが問題なのです。
見方を変えようとしても、なかなか問題が解決しないのであれば、まだ「見る場所」が同じなのかもしれません。見方を変える前に、まず見る場所を変えてみる。そして、一つの場所から見えた景色だけを正解にしない。
立つ位置が変われば、見える景色が変わります。見える景色が変われば、これまで正しいと思っていた判断そのものが変わることもあります。
貴社では、異なる立ち位置から見えている景色を共有できていますか?そして、問題に応じて「見る場所」を変えられる仕組みがありますか?
著:南澤博史
