◆第142話:当たり前を疑う習慣 ~成功体験が変化を見えなくする~

 

「南澤さん、うちでは長年このやり方を続けているのですが、本当にこのままで良いのでしょうか?」―――これは、都内で玩具の製造・販売を手掛ける町工場の経営者から、事業の方向性について相談を受けた際にいただいた一言でした。

 

何か大きな問題が起きているわけではありません。業績も一定水準を維持しています。しかし、この会社では20年以上にわたり同じ製造方法を続けていました。

 

近年になり、これまで仕事を依頼していた下請け企業の廃業が相次ぎ、経営者は強い危機感を抱くようになったそうです。このまま外注依存で良いのか。内製化を進めるべきなのか。今までは考えもしなかったことを真剣に考えるようになったのでした。

 

実は、このようなことは決して珍しい話ではありません。製造業に限らず、小売業でもサービス業でも、自動車販売店でも同じです。

 

多くの企業では、長年続けてきたやり方が「当たり前」になっています。もちろん、それ自体は悪いことではありません。むしろ、そのやり方を標準化し、誰がやっても一定の成果を出せるように仕組み化できているのであれば、それは優れた組織とも言えるでしょう。

 

しかしながら、ここに大きな落とし穴があります。

 

それは、「過去の最適解」が、現在も最適解だと思い込んでしまうことです。

 

そもそも、今の当たり前はどこから生まれるのでしょうか。多くの場合、それは過去の成功体験です。

 

ある時代、ある環境の中で成果が出た方法が評価され、標準化され、やがてルールとなり、文化となります。そして、その成功体験が強ければ強いほど、人はそれを疑わなくなります。

 

「これが正しい」「これが一番効率的だ」「これでうまくいってきた」。そう考えるのは自然なことです。

 

しかし、環境は常に変化しています。市場も変わります。競合も変わります。顧客の価値観やライフスタイルも変わります。つまり、前提条件そのものが変化しているのです。

 

にもかかわらず、過去と同じやり方を続けていれば、徐々にズレが生じてきます。問題なのは、そのズレに気づきにくいことです。

 

なぜなら、成功体験は脳に強く刻み込まれるからです。心理学では、人は自分の考えを裏付ける情報ばかり集める傾向があると言われています。

 

過去の成功体験が強いほど、「まだ大丈夫」「うまくいっている」という情報ばかりを集めやすくなります。結果として、変化の兆候を見落としてしまうのです。

 

南澤自身も営業時代に同じ経験をしました。

 

ある時期、非常に成果が出るセールストークがありました。その言い回しを使えば契約率が高く、商談もスムーズに進みました。当然ながら、「これが一番だ」と思うようになります。

 

ところが、気づかないうちに成果が落ち始めました。最初は景気のせいだと思いました。競合のせいだとも考えました。しかし、本当の原因は別のところにありました。

 

競合の商品が変わり、顧客のニーズも変化していたのです。にもかかわらず、南澤は過去に成功したセールストークを使い続けていました。つまり、過去の最適解に縛られていたのです。

 

そして、そのことに気づいてトーク内容を全面的に見直したことで、ようやくスランプを脱することができました。

 

振り返ってみると、問題は能力不足ではありませんでした。「成功体験を疑えなかったこと」が問題だったのです。

 

ここで重要なのは、「成功体験を捨てること」ではありません。成功体験を持つこと自体は素晴らしいことです。

 

問題は、それを絶対視してしまうことです。むしろ必要なのは、「今でも本当に通用しているのか?」という問いを持ち続けることではないでしょうか。

 

成功体験を持ちながらも、それを疑う。一見すると矛盾しているようですが、この姿勢こそが変化への適応力を生みます。

 

そして、この考え方は個人だけの問題ではありません。組織にも当てはまります。

 

変化に対応できる組織と対応できない組織の違いは何でしょうか。その一つは、「当たり前を疑う文化」があるかどうかです。

 

例えば、

・なぜこの手順なのか

・本当にこのルールは必要なのか

・もっと良い方法はないのか

 

こうした問いが日常的に出てくる組織は変化に強くなります。

 

一方で、「昔からこうだから」「前任者もそうしていたから」という言葉が頻繁に出る組織は、徐々に変化への対応力を失っていきます。

 

実際に、学習する組織ほど成功体験だけでなく失敗体験も共有しています。そして、常に改善を続けています。つまり、「疑う仕組み」が存在するのです。

 

当たり前を疑う対象は、成功体験だけではありません。

 

ルール、会議、評価制度、営業手法、人材育成の方法など、組織の中に存在するあらゆる「前提」が対象になります。

 

南澤が特に重要だと思っているのは、人材育成の方法です。残念ながら、多くの組織やチームでは、自分たちが育てられた時代の指導方法をそのまま引きずっていることがあります。

 

しかし、働く環境も価値観も大きく変化しています。過去には有効だった指導方法が、現在ではハラスメントと受け取られることもあります。また、かつて成果を生み出した育成方法が、今の時代にそのまま通用するとは限りません。

 

だからこそ、「これまでこうしてきたから」という考え方ではなく、「本当に今の時代に合っているのか」と問い続ける姿勢が必要になります。

 

そのような疑う思考こそが、個人だけでなく、組織やチームの成長を支える原動力になるのではないでしょうか。

 

変化の激しい時代だからこそ、成功体験を否定するのではなく、成功体験を定期的に見直すことが重要になります。

 

案外、本当に怖いのは失敗ではありません。過去の成功体験が強すぎて、変化が見えなくなることかもしれません。

 

環境変化に気づく企業は生き残ります。気づけない企業は、問題が表面化して初めて変化を迫られます。その差は決して能力の差ではありません。

 

「当たり前を疑う習慣」があるかどうかの差なのです。

 

さて、貴社ではどうでしょうか。

今のやり方は、本当に現在の最適解でしょうか。

そして、過去の成功体験や組織の前提を定期的に見直す仕組みや文化は根付いていますか?

著:南澤博史

 

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