
「南澤さん、“社員の自由”を尊重したい気持ちはあるのですが、自由にしすぎると、今度は組織としてまとまらなくなるんです…」―――これは、複数店舗を展開するサービス業の経営者の言葉でした。
組織を運営していると、このような悩みは本当に多く発生します。こちらを立てれば、あちらの角が立つ―――そんな状況は、企業経営の現場では日常的に起きています。
「自由に任せれば主体性が育つ」という考え方があります。一方で、「管理しなければ組織が崩れる」という現実もあります。
また、「厳しく指導すれば成長につながる」という考え方がある一方で、「厳しすぎると離職につながる」という側面もあります。さらに、「効率化を進めれば生産性は上がる」という考え方がある反面、効率ばかりを求めることで、現場から余裕や柔軟性が失われてしまうケースもあります。
組織運営とは、“どちらか一方が絶対的に正しい”という単純な話ではないのです。そして難しいのは、多くの場合、それぞれに“正しさ”があるという点です。
だからこそ、経営やマネジメントにおいて重要なのは、「正解を探すこと」よりも、“矛盾とどう向き合うか”なのではないでしょうか。
一方の主張を実現しようとすると、他方が迷惑を被る。実際の組織は、そのような矛盾の連続です。むしろ、矛盾だらけが普通と言ってもよいでしょう。
そして、あえて言えば、矛盾がまったく発生していない組織のほうが危険かもしれません。
なぜなら、本来であれば出てくるはずの意見や問題提起が出なくなっている可能性があるからです。
現場が諦めている。あるいは、「言っても無駄だ」という空気が組織に蔓延している。そのような状態では、新しい発想や改善提案も生まれにくくなります。
例えば、「人が足りないからもっと採用してほしい」という現場の声がある一方で、経営側としては簡単に人件費を増やすわけにはいきません。人を増やせば固定費は上がり、利益を圧迫するリスクも高まるからです。
特に中小企業では、このバランス感覚が極めて重要になります。また、「もっと自由にやらせてほしい」「現場に任せてほしい」という声がある一方で、管理側としては事故やトラブルを防ぐために、一定のルールや管理を強化せざるを得ない場面もあります。
自由度を高めれば、主体性やスピード感は生まれやすくなります。しかし一方で、対応品質のバラつきやクレーム増加につながるケースもあります。
逆に、マニュアルやルールを細かく整備しすぎれば、一定品質は保ちやすくなりますが、「考えなくなる」「指示待ちになる」といった別の問題が発生しやすくなります。
現場と経営、あるいは管理側では、“見えている景色”そのものが違うのです。そして難しいのは、どちらか一方だけが間違っているわけではないという点です。
現場には現場の正義があり、経営には経営の正義があります。南澤が長年いたカーディーラーの現場でも、このような矛盾は日常的に発生していました。
特に典型的だったのが、営業・販売スタッフと、整備・サービススタッフとの間に生まれる対立です。営業側としては、売上を伸ばしたい。顧客満足度を上げたい。そのため、点検や車検などの入庫時に、サービス付帯商品を積極的に販売します。
しかし、整備側からすれば話は別です。サービス付帯商品が増えれば、その分だけ作業工程は複雑になります。当然、作業時間も伸びます。結果として、工程管理は厳しくなり、現場負荷も高まります。
営業側から見れば、「なぜ協力してくれないのか」。一方で、整備側から見れば、「現場の状況も考えずに売ってくる」という感覚になります。
どちらも、自分の立場から見れば正しいのです。だからこそ、組織の中では、単純に「どちらが悪い」と切り分けるだけでは解決しません。
正直なところ、当時の南澤も、営業側の立場だけで物事を見てしまっていた時期がありました。
「お客様のため」「売上のため」と考え、良かれと思って提案していました。しかし、実際にはその裏側で、整備側へ大きな負荷をかけていたことも少なくありませんでした。
店長になり、全体を見る立場になって初めて、「部分最適」と「全体最適」はまったく違うということを痛感したのです。
重要なのは、“矛盾を前提として組織を設計する”ことです。そのためには、普段からのコミュニケーションが欠かせません。
特に、何か新しい取り組みを始める時や、やり方を変える時ほど、丁寧なやり取りが必要になります。この部分を省略すると、多くの場合うまくいきません。
南澤自身、店長時代に痛感したのは、「内容そのもの」よりも、“事前の共有不足”によって反発が起きるケースが非常に多いということでした。
人は「変更そのもの」に反発しているのではなく、“何も聞いていない”ことに強い不満を感じるのです。
だからこそ、日本的経営で古くから重視されてきた「根回し」は、極めて合理的なコミュニケーション手段だと南澤は考えています。事前に一言加えておくだけで、その後の協力体制が大きく変わることがあります。
逆に、事前説明がないまま突然変更が行われれば、「なぜ相談がなかったのか」「勝手に決められた」という感情が生まれやすくなります。そして、その感情が部門間対立や非協力的な空気を生み出していくのです。
組織の中では、立場が上がれば上がるほど、このような矛盾への対応を迫られます。現場だけを見ても駄目。経営だけを見ても駄目。それぞれの立場や事情を理解しながら、矛盾を調整し、統一していく必要があります。
南澤も会社員時代、「矛盾の統一」を一つのテーマとして掲げていました。
矛盾を完全になくすことはできません。しかし、対話や仕組みによって、矛盾を最小化することはできます。そして、その積み重ねこそが、組織の一体感やチームワークを生み出していくのです。
経営の現場では、どちらか一方に極端に振れた瞬間に、別の問題が発生します。
四書の一つ『中庸』では、“偏りすぎないこと”の重要性が説かれています。しかし実際の経営現場では、その“ちょうど良いバランス”を取り続けること自体が極めて難しいのです。
だからこそ、経営者や管理職には、白黒を単純に決める力だけではなく、“矛盾と向き合い続ける力”が求められるのではないでしょうか。
さて、貴社では、矛盾を統一する気概を持ったリーダーの育成ができていますか?
部門の垣根を超えて対話できる文化がありますか?
そして、“どちらも正しい”という難しい問題に向き合える組織風土を醸成できていますか?
著:南澤博史
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