◆第138話:期待を投げかけるということ ~その一言が、人の行動を変える~

   

「南澤さん、うちの若手にもっと主体的に動いてほしいのですが、なかなか変わらなくて…」―――これは、営業向けの研修のご依頼をいただいた際に、ある企業の経営者の方からいただいた言葉でした。

 

仕事を一定以上のレベルまでこなせるようになった若手に対して、「もう一歩主体的に動いてほしい」。このような声は多くの現場で聞かれます。しかし現実には受け身の姿勢が変わらない。ここに共通の悩みがあります。

 

仕事に慣れた状態は、本人にとっては心地よいものです。一定の成果も出せるようになり、大きな失敗も少なくなる。ただし、その状態が続くと成長は止まりやすくなります。この「安定」が実は停滞につながるのです。

 

そしてこれは若手だけの問題ではありません。中堅社員やベテラン、場合によっては管理職でも同じことが起きています。「言われたことはやるが、それ以上はやらない」――この状態は役職を問わず発生しています。

 

新しいことに取り組まない、改善に踏み出さない。同じことを繰り返している状態は、一見安定しているようで実は停滞です。現場では「一生懸命やっているのに変わらない」という違和感が静かに広がっていきます。

 

では、なぜこのような状態が生まれるのでしょうか。現場を見ていくと、ある共通点が見えてきます。それは、「期待が投げかけられていない」という点です。

 

会社の方針や目標は伝えている。しかし、「どこまでやってほしいのか」という期待が明確に伝わっていないケースが非常に多いのです。黙ってやるべきことをやっていればいい――そのような空気が無意識のうちに広がっていることもあります。

 

しかし人は、期待を投げかけられることで初めて行動の方向性が定まります。期待されていると感じた瞬間に、「それに応えよう」とする力が働くのです。

 

ここで重要なのは、「期待には2種類ある」という点です。一つは暗黙の期待、もう一つは明示された期待です。そして行動を変えるのは後者です。「言わなくても分かるだろう」という前提は、現場ではほとんど機能しません。

 

人は、自分が認識している範囲でしか動けないからです。ここを曖昧にしたままでは、主体性を求めても空回りしてしまいます。

 

南澤も現場にいた頃、この違いを何度も見てきました。成果を出し続けるスタッフほど、「何を期待されているか」が明確になっています。逆に言えば、期待が曖昧な組織ほど行動も曖昧になります。

 

では、「期待」とは何でしょうか。これを構造的に捉えると三つに整理できます。評価基準、役割定義、組織文化。この三つが曖昧なままでは、期待は機能しません。

 

さらに、期待が機能しない理由にも共通点があります。言語化されていない、基準が曖昧、伝え方が弱い、一貫性がない。これらが重なると、「何をすればよいのか分からない」という状態が生まれます。

 

結果として、人は最も安全な選択を取ります。つまり、「言われたことだけをやる」という行動です。ここで見落としてはならないのは、「主体性がない」のではなく、「主体性を発揮する前提が整っていない」という点です。

 

この違いは非常に大きいと南澤は考えています。個人の問題として片付けてしまうと改善は進みませんが、構造の問題として捉えれば打ち手は見えてきます。

 

さらに踏み込んで言えば、なぜ期待が言語化されないのかという問題もあります。責任を明確にしたくない、評価基準をはっきりさせたくない、あるいはマネジメントそのものを避けている――こうした背景があるケースも少なくありません。

 

期待を言わないということは、「どこまでやればよいのか分からない状態」を放置していることでもあります。その状態では、主体的に動けと言われても難しいのが現実ではないでしょうか。

 

期待は日常の中で投げかけることが重要です。例えば目標を伝えるとき、単に数値を示すだけでなく、「ここまでやってくれると期待している」と一言添えるだけで受け手の意識は変わります。

 

南澤もまだ若かった頃、月の三分の二を過ぎた時点で、目標の半分にも届いていないことがありました。その時、当時の店長から「ここまではやってくれることを期待しているよ」と声をかけられたことがあります。

 

正直なところ、厳しい状況でした。しかし、その一言でスイッチが入り、一気に追い込みをかけた記憶があります。結果として目標を達成できたことも一度や二度ではありません。

 

人は、期待をかけられることで「そこまでやろう」と思うものです。この差は数字以上に大きいと、南澤は感じています。

 

また、この「期待」は評価の場面でも同じことが言えます。評価者の面談において、単に評価を伝えるだけで終わっているケースは少なくありません。本来であれば評価の場は、「これから何を期待するのか」を明確にする場でもあるはずです。

 

しかし、評価を伝えること自体が目的になり、期待が抜け落ちてしまっている。評価を受ける側からすれば、「で、これからどうすればいいのか」が分からない状態です。これでは行動につながらないのも無理はありません。

 

評価に期待を乗せるのか、それとも結果の説明で終わるのか。この違いは、その後の行動に大きな差を生みます。そしてもう一つ重要なのは、こうした「期待を投げかける関わり方」ができる管理者を育成できているかどうかです。

 

評価を伝えることはできても、期待を言語化して伝えることができる管理者は、それほど多くありません。ここが組織としての大きな分かれ目になります。ここが弱い組織では、期待は個人任せになり、再現性が生まれません。

 

このように考えると、期待とは単なる言葉ではありません。

 

期待とは、行動を生み出す「設計」です。

 

期待を設計していない組織は、偶然に頼っているのと同じです。

 

誰が動くかも、どこまでやるかも、その時々の個人の判断に委ねられてしまいます。そこに再現性はなく、成果は安定しません。

 

逆に、期待が明確に設計され言語化されている組織では、人は自然と動き始めます。個人の問題に見えていたものが、実は組織設計の問題だった――そのようなケースは決して珍しくありません。

 

そして最終的には、これは組織文化の問題に行き着きます。期待を言葉にする文化があるのか、それとも暗黙の了解に任せているのか。その違いが組織の成長スピードを大きく左右します。

 

さて、貴社ではどうでしょうか。

 

一人ひとりに対して明確な「期待」を投げかけているでしょうか。

 

そしてそれは、本当に行動につながる形で言語化されているでしょうか。
それとも、「言語化しているつもり」になっているだけではないでしょうか。

著:南澤博史

 

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